デットプリンシプル(ノベル)

デットプリンシプル

正太郎の経営プリンシプル(原則)のひとつにデット(負債)を最大限に活用するということがある。程度問題であるが、これは理に適った考え方であると出門も考えた。世のいわゆる優良企業は、有利子負債に対して慎重である。ゴーイングコンサーン(永続企業)として、いかなる経済状況、特に不況、恐慌にも耐えうる財務体質を維持しようという考え方が根本にあるといえるだろう。

経済は時に想定外のリスクに直面する。今回のパンデミックもまさにそれだ。科学、医療が発達した現代社会において、疫病で経済社会が麻痺におちいるということを想定していた投資家はほとんどいないかった、といえるだろう。仮に、視野に入れていたとしても、いつくるということまでは予測できないわけだ。

有利子負債を保有上場株式価値の3分の1に

もちろん、これはイベントリスクといわれるもので、投資にあたっては常に念頭においておかなければならない。企業経営にあたっても同様である。実際、正太郎も巨額のデットの活用にあたって、イベントリスクにあたっての方針をもっていた。それが有利子負債を保有上場株式価値の3分の1に抑える、というものだ。もちろんこれにはリスクがある。イベントリスクに直面した時、株価は大幅に下落する、ということだ。巨額の売却を執行すること自体が株価を下げる要因になる、ということもある。

このような方針を孫子正太郎はもって経営しているわけであるが、方針はあくまで方針であり、それが実行できるか、実行するか、はまた別の問題である。今回のパンデミックにあたって正太郎は、この方針を実行することにした。考えだけでは絵に描いた餅であり、実践してはじめてそれは有意義になる、というわけだ。

実践してこそ価値がある

正太郎は、ITバンクの保有株式を売却し5兆円の現金化すると宣言した。そして、その半分を有利子負債の返済にあて、残りの半分で自社株買いをするという。これは、ITバンクに融資している銀行、ITバンクの社債保有者、また、ITバンクの株主、株式投資家に配慮したものといえる。

正太郎は、それを実行した。方針は実行してはじめて実になる、価値あるものになる。出門は、孫子正太郎の今回のパンデミックに対する対応は、恐らく、苛立ち、不安、恐怖に促されたものだろうと思った。と同時に、自ら描いたリスク対策、方針を、実践してみたい、そして実践してこそ意義あるものになると思ったのだろう。その正当性を自らに示し、また市場に示したかったのだろう。そして、この危機を乗り切ることでITバンクはゴーイングコンサーンの投資会社として価値がある、ということを自らに、そして市場に示したかったのだろう。

(続く)

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