SAJバックナンバー読む: 企業成長とマクロ成長(6月) 無形資産投資(7月) 金融ジェロントロジー(8月)

中湖 康太

引き続き証券アナリストジャーナル(SAJ)のバックナンバー特集を簡単に見ておきたい。

2018年6月号「特集:企業成長とマクロ成長」

企業の利益成長とマクロ経済の成長の関係について、イノベーションと労働市場、M&A、設備投資、利益成長と投資・消費への影響など様々な視点から検討している。

人材の流動性とクロスボーダーM&A

この中で特に、①人材の流動性がイノベーションの促進につながる、②クロスボーダーM&Aの重要性、という指摘に注目したい。

ダイバーシティ(diversity; 多様性)の重要性

ダイバーシティ(多様性)がイノベーションに繋がることが生物学的にも知られている。生物多様性というものだ。同質の人間ばかりいると組織、発想が硬直化する。わたしがかつて勤めていた米系投資銀行でもダイバーシティ(“diversity”)ということを非常に重視していた。それが全社のビジネス・プリンシプルの1つであった。”Being diverse is not optional; it is what we must be.“(「多様であることは選択肢のひとつでなく、そうあらねばならないものだ」; Our Business Principles, Goldman Sachs) 。ビジネス環境は極めて競争的である。その中で優位性を発揮し、利益成長し、価値を高めるには常に新しいプロダクトやソリューションを開発しなければならない。

日本企業のグローバル化

業種にもよるが、企業成長のためにクロスボーダーM&Aを含むグローバル化、グローバリゼーションが、オプショナルでなくマストである(”Not optional; it is what we must be”)のはダイバーシティと同様であろう。日本経済は少子高齢化でマクロ的な成長はなかなか難しいからである。

イノベーション

さらに、①に関連することであるが、重要なことはクロスボーダーM&Aを含むグローバル化によって単に、限られた国内市場から海外市場へ進出する、という発想だけではなく、さらに投資、生産、雇用、消費、そして組織においてダイバーシティを促進する、高めるために行うという視点である。それが、プロダクト、サービス、組織、企業のイノベーションに繋がるのではないだろうか。

2018年7月号「特集:無形資産投資」

経産省「伊藤レポート2.0」

17年10月に出された経産省の「伊藤レポート2.0」では、企業の競争力の源泉として無形資産に対する戦略投資の重要性が高まっていることが指摘された。14年の「伊藤レポート」では、資本生産性を高めるための日本型ROE経営や企業と投資家の対話促進に向けた政策提言、特にROE8%以上という具体的な主張を行い、日本企業のガバナンスの影響を与え、改善に繋がった。

日本企業の無形資産投資

「伊藤レポート2.0」では「無形資産」がクローズアップされている。わたしは主張の本質は、日本企業のイノベーションを高めるために何が重要か、ということではないかと見ている。イノベーションには投資が勿論重要であるが、単に資本を投下すれば良いというものではなく、それを生み出すカルチャーというインタンジブルなものが多分に関係しているように思う。

少ない人材投資

同誌掲載のレポートでは日本の国民経済計算上の無形資産投資は、国際比較で先進国中(日米英独仏)GDP比率で首位、全投資比率で2位(共に2015年)と高いレベルにある。しかし、著作権・ライセンス、デザイン、ブランド、企業特殊的人的資本、組織改革費など広義の無形資産投資のGDP比率、人材育成投資(OJT除く)では先進国中(日米英独仏伊)最下位になる。そして「少ない人材投資」が指摘されている。

イノベーションがキーワード

伊藤レポート2.0はROE8%以上という具体的な提言を行った伊藤レポートに比べるとやや具体性に欠けるような気がする。これは米国のIT企業に見られるようなイノベーションを生み出すために日本企業は何をすべきかを模索しているからであろう。

イノベーションは動的、生物学的進化:ダイバーシティ、グローバル化が重要

しかし、イノベーションというテクノロジー、企業の生物学的進化というべき事象を、静的な視点で解明することはなかなか難しいところがあるようにも思う。SAJ6月号のレビューで書いたように、日本企業のダイバーシティ(多様性)の確保・促進、グローバル化の進展がイノベーションにつながるのではないだろうか。それは労働市場の流動性を高めることにも関連しているだろう。

2018年8月号「特集:金融ジェロントロジー」

金融ジェロントロジー(金融老年学)とは

証券アナリストジャーナルAUG.2018に「金融ジェロントロジー」が特集されている。ジェロントロジー(gerontology)というのはあまり聞きなれない言葉であるが、

人間の老化現象を生物学、医学、社会科学、心理学など多面的、総合的に研究する学問。老人を意味するギリシャ語のgeronから派生した「老齢」の意の接頭辞geront(o)-に「学問・研究」の意の接尾辞-logyが連結した語

というものだ(コトバンク)。金融ジェロントロジーとは、金融に関するジェロントロジーであり、金融老年学とも呼ばれる。

認知機能の衰えを折り込む

「長寿社会の課題と金融ジェロントロジー」(駒村康平 慶應義塾大学経済学部教授)では、経済学で前提とされる個人は、十分な認知機能を有する合理的な意思決定者であるが、認知機能の変化をおり込むのが認知経済学であり、加齢に伴う認知機能の変化が行動経済学的な行動をより極端にする傾向があり、これを加齢行動経済学とする。

リスク評価能力の低下

高齢者特有の資産選択行動の特徴として、相手の説明により意思決定が左右されやすい、分かりやすい情報に影響されやすい、意思決定は遅いがいったん購入するとその価値を過大評価する、肯定的な情報のみを記憶する、過去を振り返る視点で意思決定するなどが指摘されている。

考えてみればこれらは通常の人間にも見られるものである。但し、認知機能の衰えた高齢者にはこれらの特徴が顕著になる、ということであろう。金融商品の提供者がリスクを適切に評価できない高齢者にリスク商品を提供するというのは好ましくはないだろう。

少子高齢化に耐えうる年金・保険・社会保障の経済基盤

金融ジェロントロジーというのは米国ででてきた研究分野のようであるが、少子高齢化が先進国でも際立った日本においては、それに耐えうる年金、保険、社会保障制度、その経済的基盤をしっかりとさせることがまず重要であろう。認知機能を十分に有する健康年齢を延ばすことも大切と思う。

高齢者に偏在する金融資産

また、日本においては高齢者の金融資産の保有比率が高いということがある。そしてこの金融資産が預貯金に偏っている。セミマクロ的にはこの高齢者が持つ金融資産をどのように適切にリスク資産に配分するか、という課題があるといえるだろう。

個人だけでなく家族を含めた広い枠組みで考える

金融ジェロントロジ-は、個人という枠組みでなく、家族、地域社会、地方自治体、国家などの枠組みの中で考えなければならないのではないかと感じる。非常に難しいテーマであり、わたしの手にはおえないが、今日的な課題であることは間違いない。

以上

中湖 康太

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