「資産運用業界の新潮流」SAJ SEP.2018: オルタナティブ投資の重要性

中湖 康太

オルタナティブ投資の権威マーク・アンソンの基調講演

基調講演のマーク・アンソンはオルタナティブ投資分野の理論家、研究者にして実務家として著名。現在は米コモンファンド(Commonfunds)の最高投資責任者。

同氏は、現職の前はカルパース(CalPER=The California Public Employees’ Retirement System: カリフォルニア州職員退職年金基金)、ブリティッシュテレコム企業年金(BTPS: British Telecom Pension Scheme)の最高投資責任者等を歴任した。

歩きながら読んだアンソンの名著 ”Handbook of Alternative Assets” (オルタナティブ資産ハンドブック)

私もかつて米系投資銀行の株式調査部から投資銀行部門に移った際、実務のかたわら同氏の名著”Handbook of Alternative Assets” Wiley; 2 edition (September 1, 2006) を読み、オルタナティブ投資を学んだ。バリュエーションを基盤とするファンダメンタル分析を旨(むね)とする証券アナリストであったが、オルタナティブ投資という資産運用の視点から投資を見直す機会を得たことは、投資家として貴重な財産となった。

オルタナティブ投資とは創造的な投資への発想、アプローチ:PE、ヘッジファンド等への投資だけではない

オルタナティブ投資というと、プライベートエクイティ(PE)、ベンチャーキャピタル(VC)、ヘッジファンド、不動産といった非伝統的な投資手法、非流動性資産への投資を端的には意味するわけである。しかし、オルタナティブ投資の本質は、必ずしもそういった手法や投資対象(資産)だけを意味するのではない。投資に対する非伝統的な、あるいは創造的、クリエーティブな見方、発想、アプローチであるといってよい。つまり、新しい視点で、株式や債券に投資することも含むのだと強く感じた。現在もその認識は変わっていない。

アンソンの6つの指摘

マーク・アンソンの同基調講演では、以下の点が指摘された。

アウトパフォームしたオルタナティブ投資

① 非流動性資産へのオルタナティブ投資、具体的には米国プライベートエクイティが、上場株式(S&P500)を過去18年(1999-2017)の間に年率5.3%ポイント、アウトパフォームした、

運用会社の選択が重要

② PE業界において、80年代は20社程度しかなく、どの運用会社も良いリターンを獲得できたが、2016年には7,500社まで増加し、競争が激化した。運用会社によるリターンのばらつきが生じている。そのため、運用会社の選択が重要になっている。

資金の偏在とより高いリターンを提供する中小型ファンド

③ 資金が大手の運用会社に偏り過ぎている。そのため大手のPE運用会社は大型株に投資せざるを得ない状況になっている。これは中小型PEにチャンスを提供している。中小型ファンドは、大型ファンドよりも3%ポイント高いリターンを獲得している(2000-2013)。

イノベーションは景気循環には左右されない

④ 現在は、景気回復局面の終盤といえるかもしれないが、景気後退期にVCに投資するべきかどうか、という問いに対して、過去をふりかえってみてもイノベーションは景気循環と関係なく起きている。つまり、今もPE、VCに投資する好機であると言える。

新しい投資機会としてのICO

⑤ 新しい投資機会として、IPOだけでなくICO(Initial Coin Offering: イニシャル・コイン・オファリング)が注目される。ICOはIPOの仮想通貨版ともいえるもので、IPOとは競合関係にある。ICOは、テクノロジー企業の資金調達のために行われており、主に個人投資家向けのマーケットとなっている。ICOは、IPOに必要な証券取引委員会(SEC)の審査のための手間、時間がかからず、仲介業者や引き受け業者に支払う高額な手数料もかからない。但し、SECはICOには証券に該当するものがあり規制強化を検討している。

ESG投資の重要性

⑥ 新たな投資機会としてESG投資があり、持続可能な社会に向けた投資は今後重要性を増すだろう。

SAJ2018.9では、マーク・アンソンの基調講演の他、年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)理事長・高橋則広氏の「日本の資産運用業界への期待」、アライアンス・バーンスタイン取締役会長ロバート・B・ゼーリック氏の「世界経済情勢の見通し」、農業者年金基金理事長の西惠正氏の「市場環境の変質と資産運用業界の在り方」が掲載されている。

イールドカーブコントロール下で不可欠なオルタナティブ投資

潤沢な運用資産を有するGPIF等の機関投資家にとっては、より高いリターンを提供する非流動性資産へのオルタナティブ投資は重要な選択肢となるだろう。特に、日銀のイールドカーブコントロール(YCC)により政策的に低位(ほとんどゼロ)に置かれた伝統的資産の状況で、実効性・実行性のある年金を含む潤沢な資産運用を行うためには、オルタナティブ投資は不可欠といっても良いかもしれない。

YCCは日銀の勇み足?

同誌には、『視点:適切なイールドカーブを求めて』と題して、佐藤元彦氏(明治安田生命保険相互会社・執行役員運用企画部長)の視点が掲載されている。「中央銀行が短期金利のみならず長期金利を操作対象にすることについて、過去にあまり例がない」として、「賢明なる読者の方々に筆者がどのように考えているかもはや明言するまでもないであろう・・・適切なイールドカーブを求めて、議論が深まることを祈念しよう」と述べている。

賢明な読者であるかどうかはわからないが、以下がわたしの見解である。

以前にも述べたが、わたしは「物価安定と完全雇用経済の達成」が中央銀行の政策目標であり、その意味で、日銀は金融政策の目標を既に達成していると考える。「2%のインフレ目標」を掲げて、イールドカーブをコントロールすることは自由な市場経済とは言えないだろう。

量的質的金融緩和(QQE)は効果を発揮している。日銀の判断として割安なリスク資産の購入は妥当な行動と感じる。しかし、YCCは勇み足といえるのではないだろうか。

以上、「証券アナリストジャーナル (SAJ)SEP.2018 特集・資産運用の新潮流」を読んでの感想。

2018/9/15

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