MBOと株主リターン
『非公開化を伴うMBOにおける投資家へのリターン』(伊藤晴祥、エリック・メイズ論文)
証券アナリストジャーナル2016年3月号(「特集:MBO等非公開化取引と少数株主保護」)に、『非公開化を伴うMBOにおける投資家へのリターン』(伊藤晴祥、エリック・メイズ論文)という興味深く、投資家にとって示唆に富む実証研究が掲載されている。伊藤晴祥氏は国際大学大学院経営学准教授/イトックス(株)代表取締役、エリック・メイズ氏はハワイ大学マノア校シャイドラー・カレッジ・オブ・ビジネス教授である。
https://www.saa.or.jp/learning/journal/each_title/2016/03.html
MBO前後の投資家への高いリターン
本論文は、2001年から2009年までに行われた54社の上場企業によるMBOのデータ、およびMBO後の企業価値評価に必要なデータ入手可能な20社のデータから、MBO前およびMBO後の株主へのリターンを推計している。そして、非公開化に伴うMBO時に平均49.0%の買収プレミアムが支払われ(市場調整済リターン76.7%)、MBO後の全投資家に平均54.6%の名目リターン(市場調整済リターン93.6%)、MBO後の株主に197.0%の名目リターンを提供している、としている。これらの数値はおおむね米国のそれとそん色のない高いものである、と結論づけている。
高いリターンの理由は今後の研究課題
なぜ、このような高いリターンが生じたのかについては、今後の研究課題としている。ただ、本論文において、MBO前後の負債資本比率について日米の比較をまじえて言及している。日本におけるMBO前の負債資本比率は、平均で38.7%であるが、MBO後は75.2%と高まっている。米国においては、MBO前20.7%、MBO後は85.6%となっている。米国においてはより高い財務レバレッジを効かしていることが示唆される。これによりMBO後の株主のリターンについていえば、米国の(名目)リターンは4274.6%と、日本の197.0%に対してはるかに高くなっている。
いくつかの推論
以下は、筆者(中湖)の推論である。高いリターンの源泉については、両氏の次の実証研究に期待することになるが、ここでは定性的にその理由を考察したい。非公開化によるMBOによりなぜ高いリターンが生み出されるのか? それには、主として次の4つの理由があると思われる。
エージェンシーコスト
第1は、所有と経営の一致によるメリット、言い換えればエージェンシーコストの削減である。経営者が株主となることよって事業に対する取り組みに真剣さが著しく高まり、収益性が向上する場合があることがあげられる。
情報の非対称性
第2は、情報の非対称性の消滅である。情報開示の重要性が叫ばれ、強化されたしても、経営者と一般株主の間には、依然として会社の企業価値の評価には差が生じる。情報に非対称性がある場合、過小評価につながる可能性があることは、中古車市場を例にとった情報の経済学が示唆するところである。株価が著しく過少評価されているとすれば、経営者にMBOのインセンティブが生じることになるだろう。
上場維持のコストの問題: 規模、事業内容etc.
第3に、企業を公開を維持するコストが、公開していることのメリットを上回るような規模、事業内容を持つ企業の場合である。上場を維持するには、四半期決算、情報開示義務、IR等のコストが生じる。これは、規模の小さい企業にとっては不相応なコストになる可能性がある。また、事業の性格上、公開のメリットが相対的に小さい企業もあるかもしれない。これは個々の企業の個別的な要因といえる。
財務レバレッジの活用: LBOの論理
第4は、同実証研究にも示されているように、財務レバレッジの活用である。MBOに際して、経営者は相対的に小さい自己資金でSPEを設立する。SPEが負債を調達する、可能な限り高い負債比率をもって対象企業を買収する。この場合、負債の提供者(レンダー)は当然、相対的に高い金利を要求することになる。したがって、MBO後の企業が十分なキャッシュフローを生み出すことが必要になる。MBO後の企業が負債を返済するにしたがって、株主価値が高まることになる。この点は、LBOの論理と同じである。
ここでの考察は推論に過ぎないが、投資、また企業経営において、上記の4点は切実な問題であるといえる。
いずれにしても、本論文、実証研究は極めて示唆に富む、優れたものであり、一読をおすすめする次第である。
以上
2016.3.26