投資の視点: 日銀のオーバーシュート型コミットメントの課題
歴史的成功を収めた黒田日銀のQQE
黒田日銀はQQE(量的質的金融緩和)、NIP(マイナス金利政策)で、物価安定下での完全雇用経済を達成したという意味で、歴史的な成功を収めたといえます。
オーバーシュート型コミットメントと為替レート
一方、現在、市場の底流にあるのが、2%の物価目標をもってオーバーシュート型コミットメント[1]を公表し政策運営を継続して結果として生じているのが、人為的な円安ではないか、という推定です。
日銀のオーバーシュート型コミットメントに対する経済主体の合理的期待形成による行動は、適正為替レート、本源的為替レート(¥95-100/ドル購買力平価推定)での競争力維持です。
円高を前提にした企業、消費者の行動
賃金が思ったように上昇しない、消費が思ったほど伸びない、したがって物価が思った程上昇しないことが、現在の政策運営で最大の課題になっています。
なぜ、賃金が上昇しないのか。それは企業が、現在の為替レートが円の本源的価値よりも過小評価されているとみているからであると推定されます。
企業業績が予想を上回り回復しています。その大きな要因の一つが円安といってよいでしょう。
株式市場:日本企業の競争力への再評価という1面
もっとも株式市場は、バブル経済崩壊後の最高値を更新しています。これは、これまで過小評価されていた日本企業の競争力への再評価ということが1つの理由と言えるでしょう。株式市場は日本経済の人口減少、少子高齢化をあまりにも悲観的に見すぎていた、というのが個人的な見解です。
日本企業のバランスシートの強化も、為替レートの大きな変動に対する抵抗力をつける行動だと推定されます。また、グローバル化した経済におけるゴーイングコンサーン(永続企業)としての企業にはより高いリスクバッファーが必要になっているということもいえます。
オーバーシュート型コミットメント下でのマイナス金利は、結果的に為替レートを本源的価値よりも円安へと導いている、したがって、企業、個人は、本源的価値での為替レートを想定している、そのような合理的期待形成の下に、経済主体は行動しているのではないか、と推定されます。
すでに金融政策の適正化を想定して行動
市場は既に金融政策の適正化を想定して、合理的期待形成を行い、行動しているのではないでしょうか。
物価上昇目標2%の達成が先延ばしされてきました。これは、物価をマイルドに上昇させ、実質金利を下げることを裁量的に行うことを目標にしているためといえるでしょう。
裁量的金融政策の限界
日銀のオーバーシュート型コミットメントはこのような裁量的金融政策の限界を示しているように思われます。企業、消費者の経済主体は、中央銀行による人為的なマニピュレーション(操作)を見透かしてしまっていると推定されます。
黒田日銀の成功は、物価安定下での完全雇用経済を達成したことです。これこそが真の金融政策の目標であるといえるでしょう。それが達成された今、市場が真に期待するのは、物価安定下の完全雇用経済を安定的に成長させることであるといってよいでしょう。
名目=実質の物価安定下での完全雇用経済こそ恒久的な成長をもたらす
合理的期待形成において名目と実質金利の乖離は本来不自然なものです。マネタリーベースをいくら拡大してもインフレが生じないのはそのためです。インフレを人為的に起こして、実質金利を引き下げようというようなマニピュレーション(操作)は見透かされてしまうのです。名目と実質が一致した状況において、物価安定下での完全雇用経済が長期的かつ恒常的に実現されるといってよいでしょう。経済主体の行動は、一般に思われている以上に合理的なのです。
2017/12/22
© kota nakako, gcs
[1] 2016年9月の日銀金融政策決定会合で日銀が新たに導入した政策枠組み「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の柱のひとつで、日銀が物価安定の目標とする消費者物価指数(CPI、除く生鮮食品)の前年比上昇率2%を一時的に上回ってもすぐに金融緩和政策をやめるのではなく、同実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベース(資金供給量)の拡大を継続すること。
物価安定実現を目指し、物価上昇率が目標値を行き過ぎる(オーバーシュートする)まで金融緩和の継続を公約する(コミットメントする)日銀の強い姿勢を示している。(出典: 野村證券「証券用語解説集」)