英国EU離脱の欧州クロスボーダー活動への影響(Q1 2017 AIAR)

中湖 康太

「英国EU離脱の欧州クロスボーダー活動への影響」マリアン・スコーデル、 ブーゲヴィーユ・コンサルティング (“Brexit and its Impact on Cross-Border Activiy in Europe” Marianne Scordel, Bougeveille Consulting, Q1 2017 AIAR: Alternative Investment Analyst Review)

 

 ブレグジット(英国EU離脱)後、EU金融パスポートを失う英国のクロスボーダーの金融サービスがどうなるのか? EUに加盟していないが強力な金融サービスを展開するスイスの例を引き考察している。

 さらに欧州においてまだ幼少期にあるヘッジファンド産業については、英国は米国との親近性を深めて、その優位性を保つ可能性を示唆している。

 興味深い論考である。誤解を恐れず、その内容を簡単にまとめ、若干の私見を述べたい(詳細、正確には原典参照のこと)。

EU離脱後の英国金融サービス

 昨年623日、英国民投票は、1973年にさかのぼる欧州諸国の連合であるEU離脱を決定した。1年余が過ぎたが、どのように離脱が行われるか不確実な部分が多く残っている。

多かれ少なかれ自由貿易は変わらない?

英国のEU離脱の2つの理由

① 英国離脱派は、より自由な政策と実行を要求していた。EUの政策は、競争を促進するというより、競争制限的であると感じていた。特に、米国を含むEU外の経済圏との取引に対する規制が重く、「欧州要塞」(Fortress Europe)と揶揄されていた。

② 他の全く異なる見方は、EUは英国の国益に反し、英国市場は守られるべきであるとする。この派は、経済的理由だけでなく、文化やアイデンティティーを重視し、EUが課すEU内の自由な労働移動が、英国民の雇用を奪うと感じている。

 EU法令は、自由市場の促進と制限の両面を持っている。

EU内の自由な労働の移動は、全てのセクターに適用される。金融サービスについて言えば、ロンドンシティは、欧州の金融センターとして、EU内外から、若くて、高い資質を有した人材を集めてきた。ブリグジットを支持した人々は、主として金融サービス以外の産業のことを念頭においていた。海外の人材は、シティの成長要因のひとつであり、EU離脱は金融サービスに影響を与えることになる。

② 欧州のヘッジファンドは、つい最近までどちらかといえばEUの規制の外にあったといってよい。これに対して、他の金融サービスはEUの中心であるブラッセルの規制の下にあった。だが、最近のヘッジファンドへの規制を含めてこれらは、参入障壁となった。

EU内の金融サービスのパスポートに代るものは?

 英国にとってEUパスポートに代るものが何になるか予想することは容易ではないが、スイスの例が参考になる。

 スイスはEUに加盟していない。しかし、そのEUとの良好な関係に助けれられて、強力な金融サービスの文化を持っている。規制面では次のように機能している。

① スイスはEUとは異なるルールを布いているが、それに準じたものになっている。

UCITS (Undertaking for Collective Investments in Transferable Securities) [EU版投資信託:中湖注]について言えば、スイスは、EUルールを複製している。

 EU規制に拘束されなくなると、英国はより米国に近くなり、金融サービスにおいて優越した立場を維持できる、との見方がある。

EUのヘッジファンド規制(AIFMD: Alternative Investment Managers Directive) について

 欧州でのヘッジファンド規制はUCITS指令に基づくAIFMDとなったが、この結果、欧州でヘッジファンドを運営することは、以前よりも高コストになり、参入障壁を築くことになった。

 アングロサクソン世界のAIFMDに対する不満を考えると、英国のEU離脱はヘッジファンドの規制緩和に繋がるかもしれない。英国は、単独でヘッジファンドの監視とクリーンさを保証する適切なヘッジファンド規制のフレームワークを布くことができるかもしれない。

 EUAIMFD規制を弱めれば、EUパスポートを持つことの優位性は減少するかもしれない。しかし、マーケットアクセスの点でヘッジファンドの相互関係を築くため、英米国両国が成すべきことは多い。

若干の私見

 英国が、1973年以来長期にわたり協調関係を構築してきた現在のEUから離脱するとの、昨年の国民投票の結果は、衝撃的であり、世界マーケットのリアクションがそれを示している。しかし、以前にも書いたが、英国は2つの顔をもっていた。一つは欧州の一員としての英国であり、もう1つはアメリカの同盟国、「特別な関係」(スペシャル・リレーションシップ; Special Relationship)と言われる英国である。

 英国のEU離脱は、英国がマストリヒト条約批准後も、ユーロ通貨の採用をせず、自国通貨としてのポンドを維持したことからも、ある程度予想されることでもあった。同レポートは、EUに加盟していないながら強力な金融サービス産業を持つスイス、また、特にヘッジファンド産業に焦点をあて、今後の帰趨を考察したものである。同レポートにもあるように、ヘッジファンドは、アングロサクソンカルチャーから生まれたものであり、そのカルチャーに親近性の強い産業である。

 また、多様で異なる経済、政治、社会、文化的特徴をもつEU諸国が今後も、その体制を維持できるのか、についても100%の確信は持てない、というのが客観的かつ現実的なオブザーベーションであると言っても良いであろう。

 金融サービスは、米国と英国が、経済的、社会的、文化的に親近性を持つ分野であると言えるだろう。また、やや飛躍するが、米国、英国、日本が、経済的、政治的、文化的に世界のもう一つの線と面を形成する3極関係(Tripartite Relationship)の流れがブリグジットという歴史的偶然(?)によって生じたと感じるのは誤りであろうか。特に、米国と英国は、英語という共通言語をもっている。

 日本を入れて3極とするのは、特に経済体制と経済規模から推定したものであり、また個人的な感触、希望でもある。但し、日本はアジアの金融センターとしては、オープンさ、カルチャーにおいてシンガポールに後れをとっていると言える。切磋琢磨してそのポジションを高めなければならない。

 ブリグジット後も、ロンドンシティの金融センターとしてポジションは、その重要性を失わなないだろうというのが、個人的な感触である。いずれにしても、いかなる同盟や連合も排他的なものであってはならないだろう。目指すところは、多様性を認め合う自由でオープンな市場経済であり、「世界平和」である。

以上

2017/7/18

 

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