行動経済学と私の投資法

中湖 康太

行動経済学が注目する経済人の非合理性

2013年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授のセミナーに参加する機会を得た。同教授は行動経済学という新しい経済学に対するアプローチを代表する学者だ。伝統的な経済学では、経済主体の行動は合理的であることが前提とされていた。

これに対して行動経済学では、経済主体の行動は、合理性だけでなく、心理的要因、非合理的要因に大きくに影響されるものであり、むしろ経済主体の非合理性に焦点をあてて経済現象を解明し、予想するという立場である。

シラー教授は、セミナーで自らの説を「物語経済学」(Narrative Economics)と名付け、特に個人投資家が、新聞や雑誌などのストーリーに大きく影響を受け、投資行動を行うことを説明していた。

バリュー投資

個人的には私は、新聞や雑誌の情報に目を通してはいるが、適度な距離を置くようにしている。その理由は、少なくとも私の投資に対するアプローチは、むしろストーリ―に過度に影響を受けることを避け、投資対象のファンダメンタル・バリューに着目するものだからである。ストーリーに左右されるとどうしてもセンチメント、感情に影響されてしまう。市場に勝つには市場のセンチメントに流されずバリューを見る透徹した目が重要であると考える。勿論、ネットでのニュース・ヘッドラインは大変効率的な情報入手手段になっている。

価格(株価)こそ最善の情報源

最も重視するのは価格情報である。なぜなら価格(株価)こそもっとも迅速かつ敏感に全ての事象、出来事、人々の合理的また非合理な期待、センチメントを反映するからで、様々な情報をもっとも効率的に織り込んでいると考えるからだ。価格の変化を見て、異常な動きを感じ取るとむしろ何が原因となっているかを探索するのである。これがもっとも効率的な情報の消化方法であると実感している。そして次のアクションを考える。

絶対リターンプラス

我田引水になるが、このアプローチで過去10年間、年間ベースで絶対リターンプラス、また各年の目標収益、利益水準を達成してきた。アップサイドもとりつつ、むしろダウンサイドのリスクをコントロールする投資手法であったと振り返ることができる。人に話せるほどのものではないとも思ってきたが、10年間継続して一定の成果をあげたということは、そこに何かしらそれをもたらした客観的な要因があるとも考えられる。それはバリュー投資であり、加えて様々な事象を経済学的な視点でとらえることではないかと思う。経済学とはまさに実学である。

非合理的要因に左右される

しかし、昨今の市場の神経質な動きを見ると、行動経済学が着目する人間の非合理性、心理的ファクターというのは正に、自らの行動に大きく影響を与えることに気づく。

儲けたければ欲を捨てよ:「見切り千両 損切り万両」

個人的には、一番好きな、また重要と考える投資の格言は、「見切り千両、損切り万両」というものだ。これを少し言い換えて「利食い千両、損切り万両」としている。究極の格言である。逆説的であるがが、「儲けるには欲は捨てよ」ということである。年間ベースでは、プラスリターンであるが、局地戦ではかなり損切りをしている。

心理的ストレス

自らの投資行動を振り返ると、経済、企業のファンダメンタルを重視するバリュー投資を自任しながら、心理的要因、とくに心理的ストレスに大きく影響されていると告白せざるを得ない。

市場が下がる、割安と思い買う、割安でもリバウンドせずさらに下がる、さらに割安と見て買い増す、リバウンドせずさらに下がる、・・・同じことが何回か続く。するとバリューに着目するといいつつ心理的ストレスが蓄積してくる。するとそのストレスから解放されたくなる。そこで損を出してもポジションを落としたくなる。ポジションを手仕舞う。下げ局面では、こういうパターンがしばしばである。皆が同じ行動を取れば市場はスパイラルに下がる可能性が高い。よく言われるプログラムトレーディングのサーキットブレーカーだけでなく個人投資家も同様の行動を取るのである。

行動経済学、つまり自らの投資行動の非合理性、心理的要因の観点から、もう一度見直すことは非常に意味あることである。

投資パフォーマンス改善の可能性

バリュー投資が投資の王道であることに変わりはないであろう。個人的にも、実学としての経済学、ストーリーに左右され過ぎない経済学的視点があって自らの投資スタイルがあると思う。しかし、行動経済学が人間の心理的側面、非合理性に着目したのは、あくまで合理性を前提とする正統派・伝統的経済学にも限界があるということを示している。人間の非合理性に着目することも同時に重要であり、非合理的要因、心理的要因のコントロール、それによって投資パフォーマンスが改善する可能性があると感じる。特に自らの感情やセンチメント、恐怖心や精神的ストレスといった点を見つめ直すことは意味あることと思う。

以上 

中湖 康太

2018/3/21

 

Copyright© 2024 株式会社ジー・シー・エス(GCS) 中湖康太 経済投資コラム All Rights Reserved.