ITバンクグループ2021年第1四半期決算 (ノベル)

(ノベル アナリスト出門甚一の冒険 – A Novel: The Adventure of Jinichi Demon, Senior Analyst)

ITバンクグループ2021年第1四半期決算

パンデミック下の決算

出門はITバンクグループの2021年第1四半期の決算説明会にビデオコンフェレンスで参加した。この4-6月決算はいうまでもなく、全世界をCOVID-19というパンデミックが襲った期である。孫子正太郎CEOがいつものように自らプレゼンテーションを行った。ある意味では自分に酔っているとも思われるが、自らこの時価総額12兆円の企業をオーナーシップを持って経営する気概、男気(おとこぎ)が前面に出ているとみることの方が適当だろう。

孫子正太郎のオーナーシップ

ITバンクは孫子自らが21%を所有している。オーナーシップをもった経営でその意味でガバナンス(経営と所有の分離)の問題は小さいといってよいだろう。株主利益を肌身で感じていないサラリーマン経営者や、株主利益を軽視した経営者の高額報酬やステータス重視の経営の懸念は少ない。出門は、経営者の深層心理にはたらくインセンティブの作用を極めて重視している。結局のところギリギリの局面で株主利益を重視した判断をするかどうかは、この深層心理が決定的に作用すると考えるからだ。

ITバンクグループ2.0

孫子正太郎は数年前に事業の再編成を行い、通信事業者からIT分野を主体とした投資会社への原点回帰を行った。これを自らITバンクグループ2.0とよんだ。孫子は通信事業者として、国内大手3社の一角を担い事業基盤を固めた。しかし、もともとIT革命により人々を幸せにする、IT企業群からなるIT財閥を築くことを目指していた孫子にとって、通信がその中核であるにせよ、その一事業にのみ特化することは本意ではなかった。また、逆に言えば、通信だけで既存のJTTグループやKTTグループの牙城を崩すことは容易ではなかった。否(いな)、孫子正太郎のもともとのビジョンが、通信はIT革命の一分野であり、全てではなかった。そして何よりも、孫子正太郎の本領は、投資、インベストメントであった。

投資会社の評価

ITバンクグループ2.0と標榜し、実行することで孫子正太郎は、水を得た魚のように生き生きとした。「ITバンクグループは投資会社である。したがって、売上高や営業利益、純利益といった事業会社の評価基準はそぐわない。ルールに従ってきちんと開示するが、それで当社の株主価値を評価することはできない」と堂々を語った。「投資会社としての当社を評価する唯一無二の評価軸は株主価値、すなわち保有株式の価値から純有利子負債を差し引いたものだ」とした。そして「ITバンクグループの市場評価は、株主価値を大幅に下回っている」ということを数字で示した。

未上場株の評価

出門は孫子正太郎のいわんとすることがよく分かった。確かに孫子の本領は投資にある。IT分野の投資の目利き、実行力、交渉力、これらがあってITバンクグループがある。しかし、株主価値を100%ITバンクグループの市場評価に結び付けることは困難であろう、とも思った。なぜなら、市場性有価証券については確かに市場の洗礼をうけている。市場の評価だ。しかし、未上場株式の評価については、内実を知っている孫正太郎自身と市場の投資家との間に、大きな情報ギャップがある。事業会社ではなく投資会社であるがゆえのギャップともいえる。

これは経済学では情報の非対称性とよばれる。中古車市場が例にとられる。新車と異なり、中古車の場合、車の品質が買い手には見えにくい、評価が難しい。良い中古車も悪い中古車の価格にひっぱられる。様々な情報開示の改善である程度は埋められるかもしれない。しかし、完全に埋めることは結局のところ難しい。したがって、良い中古車は実体よりもディスカウント、割り引いて評価されざるを得ない、ということになる。実際、借入金、負債だけではなく自己資本で投資している非上場の有価証券の価値がどれほどのものであるかは不明だ。もちろん、大化けするものもあるだろうが、くずもあるかもしれない。これは外部の投資家としては、ある意味では当然な感じ方である。

埋めようのないギャップか?

孫子正太郎が率いるITバンクグループはAIを含むIT分野でグローバルな市場戦える数少ない日本企業である、と出門は思う。しかし、孫子正太郎が熱っぽく語れば語るほど、市場の投資家にとって、未上場の有価証券の評価は、結局のところ闇であり、ディスカウント(割引)にならざるを得ないだろうとも思う。孫子正太郎のIT分野における投資のトラックレコードは確かに素晴らしく、かつスケールが大きい。しかし、時に正太郎のパフォーマンスは強がり、はったりに見えてしまいがちなのである。

(続く)

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