お気に召すまま(As You Like It) – 男装の麗人ロザリンド
男装の麗人ロザリンド: 宝塚の原型?
シェイクスピア劇「お気に召すまま」(As You Like It)の魅力は何といっても、男装の麗人・ロザリンドの存在でしょう。容姿端麗にして、人間味があります。ロザリンドに、従妹のエイリーナが惹かれ、女羊飼いであるフィービが恋をしてしまう。男装の麗人に、女性が思いを寄せる。宝塚の世界といえるのではないでしょうか。
シェイクスピアは「ベニスの商人」でもポーシャに、友人のためにシャイロックから借金をしたアントーニオの裁判に男性法学者として登場させます。ポーシャは莫大な財産を相続した美貌の貴婦人であり、法学博士の称号を持つ才女なのです。ポーシャの求婚者である友人のためにシャイロックから借金をしたアントーニオを絶妙な論法で救うのです。しかし、ポーシャはどちらかといえば才女の側面が強いように思います。
これに対して、ロザリンドは、追放された公爵の娘であり、身分は高いですが、今は、フレデリック(兄を追放し、公爵領を簒奪した弟)に疎まれ追放されてしまう、という不遇の境涯にあります。この逆境がロザリンドの魅力を劇的にさらに際立たせる効果をもつと言えます。フレデリックの娘シーリアはロザリンドに同情します。
ギャニアードとエイリイーナ
ロザリンドは父を訪ねて放浪の旅に出るのですが、シーリアがこれに同行し、二人は、身元を隠すために、ギャニアード(ロザリンド)とエイリイーナ(シーリア)という兄妹を装います。そこで複雑な恋愛関係が生じます。そのギャニアード(ロザリンド)にフィービーという羊飼いの女性が恋をしてしまいます。フィービーには、彼女に思いを寄せるシルヴィアスという男性の羊飼いがいます。
ロザリンドが思いを寄せるのは、オーランドというロザリンドの父公爵に使えていた貴族ローランド・ド・ボイスの3人息子の末っ子です。オーランドは、貴族の子でありながら、教育を受けさせてもらえなかったという不遇の境涯にあります。細見ではありますが、腕っぷしが強く、フレデリックが催したレスリングの試合で、そのお抱え格闘家をまかします。それ見たロザリンドは、オーランドに恋心を抱きます。オーランドもロザリンドに一目惚れします。二人は本来は相思相愛の間柄です。しかし、それが、意思疎通し合えないというじれったい状況が生まれます。
ギャニアード(ロザリンド)に会ったオーランドは、それがロザリンドであると知らず、自らの恋をギャニアードに打ち明けます。ギャニアードは自分が、ロザリンドであることを打ち明けられず、苦しみます。
フレデリックの改悛
「お気に召すまま」は、ハッピー・エンドの喜劇、ラブ・コメディーです。フレデリックは、兄の元公爵を慕って、多くの貴族がアーデンの森に集まっていることに怒り、兄と兄を慕う一団を粉砕しようと森に兵を進めました。しかし、森の入口で、ある老僧に会い、問答するうちに、領土や権力に執われ、肉親間で醜い争いをすることを虚しいと感じたのでしょうか、あるいは罪の意識に苛まれたのでしょうか、何かを悟り、攻撃を止めてしまいました。公爵領はすべて兄に返し、追放した貴族たちにも地位、財産を戻し、自らは隠遁生活に入ることに意を決したというのです。
婚姻の神ハイメンのもとで、オーランドとロザリンド、オリヴァー(ローランド・ド・ボイスの長男)とシーリア、シルヴィアスとフィービ、タッチストーン(道化)とオードリー(田舎娘)の4組のカップルが生まれます。皮肉屋のジェイクィーズ(元公爵に使えた貴族)だけが改悛したフレデリックの元へと去っていきます。
ロザリンドがエピローグを述べ、このラブ・コメディーは終わります。
領土や権力への執われを捨てること、他を思うほのかな気持ちこそは至上のものではないか、という余韻を残して。
(参考文献等)
– ”As You Like It”, THE Shakespeare COLLECTION, BBC DVD, Originally Transmitted: 17th December 1978
– “As You Like It”, Arkangel Complete Shakespeare, Audio CD, 2005
– “The Complete Works of William Shakespeare”, The Shakespeare Head Press, Oxford Edition
– 「お気に召すまま」シェイクスピア、福田恒存訳、新潮文庫
– 「シェイクスピアハンドブック」福田恒存他編、三省堂、1991年第4版
(2015.3)