アナリスト出門甚一の冒険 4
作:三島 真一
原油価格急落
大手町プライムスクウェア18階、深夜0時。ジェームスと出門はコンフェレンス・ルームにいた。コモディティ・グローバル・コンフェレンス・コール(商品セクターの世界電話会議)に、参加するためだ。ニューヨーク市場では、原油価格が50ドルを割り込み、半年間で50%強急落した。市場は動揺した。ニューヨーク株式市場が5%近く下落し、東京市場、アジア市場、欧州市場に連鎖した。市場はその影響の程度について消化しきれず、リスク回避に一斉に動いたのだ。
マイケル・リチャードソンが率いるニューヨーク・チームがいち早くレポートをまとめ世界に配信した。このコンフェレンス・コールはそれをうけて、各地域のアナリストが、その地域における需給見通し、企業業績への影響、株価への影響について意見交換し、UPGのクライアントへの提供に役立てるためのものだった。
UPGの見解は概ね次の通りだ。米国におけるシェール革命により世界の石油業界の構図は大きく変化した。過去数年来の石油価格の上昇を背景にし、原油の供給が大幅に増加した。一方、需要は、米国の景気回復をうけて拡大するものの、中国をはじめとする新興国の経済成長の減速、欧州経済の停滞もあり、市場の期待より緩慢なものに留まった。このため、需給バランスが大きく崩れ、今回の石油価格の急落に繋がったのだ。短期的には、最低コストプロデューサーである中東の限界費用である20ドルレベルまで、急落することもあり得る。それは、いわゆるカット・スロート・コンペティション(死に物狂いの競争;cutthroat competiton)というべき状況である。
しかし、このレベルでは、最低コストプロデューサーである中東産油国ですら、再投資可能なレベルではない。また、中長期的には、シェール革命以前の石油価格が急騰したように、需要は、そのペースが予想よりも緩慢なものとなったとはいえ依然拡大しており、最低コストプロデューサーである中東産油国の供給量で、世界の石油需要をまかなうことはできない。したがって、世界の石油需要に見合う、サステインナブル(再生産可能)なレベルに回復するだろうというものであった。それは、高コストプロデューサーに撤退を迫ることを意味するものでもある。また、原油価格の下落は、製造業を中心にインプットコストの低下を意味し、それは企業業績、ひいては経済成長の押し上げ要因となるであろう・・・
このようなUPGの予測をクライアントに伝達すること、また、それを前提に株価評価(バリュエーション:valuation)を行い、売られすぎ、割安銘柄を割り出すことになったのである。
(注)この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません