個人投資家の株式銘柄選択(SAJ2017年6月号)

中湖 康太

 「個人投資家と機関投資家の株式銘柄選択の違い」新谷 理 野村證券金融工学研究センター クオンツ・ソリューション部シニア・クオンツ・アナリスト 証券アナリストジャーナル 20176月号

 本論文は、公開情報から独自のデータ収集と分析により、客観的に実態を把握することが困難だった個人投資家の投資行動とパフォーマンスの解明を試みたもので興味深い。誤解を恐れず簡単にポイントをまとめ、若干の私見を述べたい(詳細、正確には原典参照のこと) 

個人投資家の保有銘柄・数量の把握

 本決算の有価証券報告書の所有者状況及び東洋経済新報社の大株主データベースから個人投資家の保有比率を算定している。具体的には、「個人その他」-(「自己株式数」+「役員持株数」+「個人大株主数」)。 対象ユニバースは東証1部。

ファクターとファクターリターン

 BPR(PBRの逆数)EPR(PERの逆数)ROE、利回り、時価総額、過去1年リターン、出来高回転率、トータルリスク(σ)、ベータ(β)、アンシステマティックリスクの10ファクターに基にファクター分析を行った。分析期間は19901月から201612月までの27年間。

 ファクターリターンは、BPREPR、配当利回りの有効性が高かった。

ファクター間の相関係数(相関行列)

 まず、平均保有比率は、個人投資家保有比率が24.8%、機関投資家比率が10.4%と、機関投資家は個人投資家保有比率の半分以下の水準である。ユニバースは、東証1(06~16)

 個人投資家保有比率と機関投資家保有比率は、負の相関を示しており、機関投資家が保有していない銘柄を保有する傾向がある。個人投資家保有比率は、BPRには相対的に高い正の相関性があり、時価総額、ROEには負の相関がある。(予想に反し: KN)個人投資家が選好するとされる配当利回りとの相関はほぼゼロだった。

 これに対し、機関投資家保有比率は、ROE、時価総額、ベータ、出来高回転率との高い相関性があり、BPRとは負の相関性がある。

 ポートフォリオのファクター分析

 個人投資家が保有するポートフォリオの傾向は、小型(時価総額)、高BPR(PBR)、低ROE、低ベータとなっている。特に強いのは小型の要素。リスク指標に注目すると、ベータが低く、トータルリスクは市場平均並み、アンシステマティックリスクは市場より高かった。

 これに対して、機関投資家が保有するポートフォリオの傾向は、大型(時価総額)、高ROE、低BPR(PBR)。特に高いのはROEで、ROE重視を示している。 

ポートフォリオのリターン分析

 直近10(071612)で、機関投資家保有ポートフォリオは、TOPIX(東証1部平均)を年率0.59%上回り、個人投資家も年率0.17%上回った。但し、リーマンショック前後の084~093月を除くと、個人投資家の対TOPIX超過リターンは−0.31%、機関投資家は0.94%

業種別の傾向

 16年現在で見ると、個人投資家の業種別の保有比率はバラつきが大きく(最高の空運業46.4%、最低の鉱業5.0%)、機関投資家の保有比率は相対的にバラつきが小さい(最高の精密機器31.9%。最低の水産農林業12.8%)

まとめ

 個人投資家は、小型バリュー株を保有し、市場に連動しないアンシステマティックリスクに対して選好を持つ。一般に言われる配当に対する選好は顕著でなく、保有比率の変更に注目した場合に観察される。

 個人投資家のパフォーマンスは機関投資家に対して低くなっている。ただし、ベンチマーク(ここではTOPIX)を上回るのは困難である、という一般的、経験的な認識からすると、個人投資家が、市場に対して超過リターンを示しているのは驚きである。ただし、上述したように、リーマンショック前後の12か月を除くと、マイナスになっており、機関投資家とのパフォーマンスの差も拡大している。

 個人投資家は、株式投資に際し、客観的な視点を持つことで、より良い投資パフォーマンスを生み出すことが期待される。

若干の私見

個人の投資行動に焦点を当てた興味深い分析

 客観的なデータ収集と分析が難しい、個人投資家の投資行動と投資パフォーマンスを推定した興味深い実証研究である。日本の個人が、貯蓄偏重と言われる中で、個人株主保有比率が20%超であることは、むしろ日本の個人の金融資産の大きさを示していると言えるかもしれない。

個人投資家といっても千差万別

 個人は、各個人の属性(資金量、リスク選好、情報量、分析力等)で、様々な視点から投資を行っているのが実態と言えるだろう。上記の分析結果は、あくまで個人投資家全体の平均的な姿であり、投資パフォーマンスのバラつきは、機関投資家以上に大きいと推定される。

絶対リターン重視

 また、個人投資家は、機関投資家以上に絶対リターン重視であると言ってよいだろう。これは、ヘッジファンドの1タイプにも共通するものである。投資の視点も、機関投資家よりも短期的であると言えるかもしれない。

 機関投資家の保有比率は、時価総額との高い相関が見られることは、個人と異なり1機関当りの資金量が大きいため、流動性を重視する結果であるとも推定される。個人は、相対的に流動性にしばられないとも言えるだろう。但し、繰り返しになるが、個人といってもその属性は千差万別である。

 機関投資家のROE重視、個人投資家のPBR重視というのは、投資スタンスの違いであり、また、絶対リターン重視のひとつの表れと言えるかもしれない。 

何が他の投資家に勝っているかがポイント (競争に勝つ大原則)

 個人投資家もネット証券で、低コストでの投資が可能になっている。諸々の制約がある機関投資家にはできない投資スタンスを持つことも可能になってきているといえる。

 いずれにしても、超過リターンは差別化に対する報酬と見ることができる。つまり、個々の投資家が他の投資家より優れたところ、視点、アイデア、経験、分析力、情報力等で、アクティグに株式市場に向き合うことに対する果実である。財サービス市場の競争においてそうであるように、投資においても競争に勝つには差別化が重要である。

 客観的な視点というのは、ROE重視を言うものでもない。他の投資家(個人、機関投資家)に対して、何が勝っているのか、劣っているのか、を客観的に自己評価することがポイントなのである。

投資に対する適正な社会的評価が重要

 本研究が示すように、日本の個人の株式投資には改善の余地が大きい。特に日本では貯蓄偏重に表れるように、投資という行為に対する社会的評価が成熟していない、ということが言えるかもしれない。

 株式投資は資金を経済社会に供給し、配分する社会的な行為である。投資に対する適正な社会的認識、評価が今の課題と感じるのである。

以上

2017.6.29

 

 

Copyright© 2024 株式会社ジー・シー・エス(GCS) 中湖康太 経済投資コラム All Rights Reserved.