長期経済循環下の株式リスクプレミアム…(SAJ2017年3月号)
「長期経済循環の下での株式リスクプレミアムと資産配分」(山口勝業イボットソン・アソシエイツ・ジャパン(株)取締役会長、証券アナリストジャーナル2017年3月号)
同論文は、証券アナリストジャーナル本年3月号に掲載されたもので、極めて興味深く、示唆に富むものである。現在の日本株の最大のリスクは金利上昇であることを示唆する。「リスクプレミアム」は、投資にあたり、株式の適正価格を推定するために最も重要なファクターの一つである。その内容を、以下に誤解を恐れず簡単に紹介(但し、資産配分の部分は割愛する)し、一投資家の立場から私見述べることにしたい。なお、同論文は、極めてテクニカルな内容を含むので、正確、詳細には原典にあたっていただくことが必須である。
私見のポイントを冒頭に述べれば、現在の株価は適正ないし割安な水準であるが、歴史的マイナス金利・低金利水準にあるにも関わらず、物価上昇による悪しき金利上昇懸念、政府債務・財政赤字問題懸念により、リスクプレミアムが低下できずにいる。為替は適正な水準で安定的に推移することが最も望ましく、ISバランスの観点から経常収支黒字を維持することが極めて重要である。
最大のリスクは金利上昇
1. 1つの長期経済循環(60年)における株式リスクプレミアムの動きを追う
「・・・よく考えると上りの前半と下りの後半の1サイクル・・・この20-30年単位のスーパーサイクルは第2次世界大戦後たった1回しかわれわれは経験していないのである。次の将来60年間をこの一つのサンプルだけから予測するのは無謀であろう。・・・より高頻度のサイクルを示す別の変数ー株式リスクプレミアムの動きを追っていくことにする」
2. 過去60年の株式の平均株式実質リターンと超過収益率(リクスプレミアム)
長期経済循環(1956-2015)の株式の平均株式実質リターンは、米国6.9%、日本7.1%、超過収益率(リスクプレミアム)は、米国4.3%、日本5.5%である(図表2基本統計量ヒストリカル・リターン)。前半を「高成長・高インフレの高温経済(hot economy)」、後半を「その反対(低成長・低インフレ)の低温経済(cold economy)」としている。
4. ヒストリカル法の問題点
このようなヒストリカルな数値を用いることについては、以下のような批判があたる、と山口氏は述べる。①「本来は事前(ex-ante)な概念であるリスクプレミアムを事後(ex-post)のデータで代用する」、②「現時点の推計値として過去の平均値は適当ではない」、③「(日本の*)過去の超過収益率(=リスクプレミアム*)が高かった(後半に低くなっている*)原因は、リスクプレミアムが縮小してきたからだとすれば、あるべき将来値は過去の平均値より低くなるのではないか、という点」。(*中湖注)
5.「近似的」解決策:残差項の変動に注目、株式を擬似永久債とみなす
「過去のデータに依拠しつつ、・・・事前(ex-ante)のリスクプレミアムの変動過程を推計し、現時点のリスクプレミアムがどの程度高い(または低い)のかを判断する近似的な方法」として、「過去のデータの残差項、つまり「平均からの乖離」の変動過程に注目する」とする。「株式には満期がないという点で、これを一種の疑似永久債と見なす・・・株式には固定クーポンはないが、それに該当するのが遠い無期限の将来までの企業収益(または配当)の流列だ」とする。そして、株式リスクプレミアムと株式デュレーションを推計する(その過程は、かなりテクニカルなので省略する*)。
6.リスクプレミアムは平均的水準、暴落リスクは金利上昇
「以上の分析に基づいて現時点(15年末)での状態を要約すれば、リスクプレミアムだけをとりだせば経済危機からの回帰に伴い平均的水準に戻っているが、実は潜在的な暴落リスクは債券金利の超低水準からの高騰にあるといえる。債券部分のデュレーションが長いということは、わずかな金利上昇が債券価格暴落の引き金になるからだ」
7.暴落の歯止めは十分な企業収益力
「ただし、仮に今後インフレと金利(デマンドサイドの株式リターンの一部)が上昇に転じたとしても、それを補ってあまりあるだけ企業の収益力(サプライサイドからのリターン)が維持されれば、・・・株式の実質リターンがマイナスに落ち込むことは避けられるであろう」
「金融資産に投資する理由は、その目的が何であれ、いずれ将来にそのリターンから得られ得る果実(収益)を消費するためにある。したがって、期待収益率は名目ではなく実質ベースで考察すべきである」
「実質ベースでは株式の期待収益率は強い平均回帰の傾向を見せている。大きな外的ショックでインフレやデフレが顕著になった時期に平均から乖離するが、いずれ数年のうちに平均に回帰している。」
実質期待収益率は日米とも7%程度であり、したがって実質ROE7%が企業に求められるハードルレートであるとする。「実質期待収益率には日米とも7%程度で大きな差は見られない。株式期待収益率は裏返せば株式資本コストであるので、企業がこれを上回る収益力(ROE)を長期的に維持できれば問題ない・・・ニッポン株式会社全体ではこれが実質ROEが上回るべきハードルレートといえる」
私見
1. 株価は適正ないし割安水準にあると推定される
山口氏の推計よれば、現在(15年末時点)の株価(TOPIX1,547.3、日経平均19,033.71)は、実質期待収益率は、ほぼ平均に回帰した状態である。参考までに、2017年5月25日時点のTOPIXは1,578.42(+2.0%)、日経平均は19,813.13(+4.1%)である。( )内は、15年末比。
2015年末比で株価はわずかな上昇に留まっており、企業収益も回復傾向にあり、実質金利は、2016年1月29日からのマイナス金利政策(「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」)、同年9月21日からの「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」により、むしろ低下している。この限りで言えば、日本の株価は、ほぼ適正な水準か、むしろ割安な水準にあると推定される。しかし、下記のような懸念があり、なかなかリスクプレミアムが低下(株価が上昇)しない状態にあると言えるだろう。
2.悪しき金利上昇懸念
日銀は「2%の『物価安定目標』」を掲げ、超金融緩和政策を行っている。超金融緩和にも関わらず幸か不幸か、物価はなかなか上昇しないのが現在の状況である。懸念は、悪しき金利上昇だ。2%の物価目標が達成されれば、当然、金利は上昇することになるだろう。それを、無理やり日銀が抑え込もうとしても、人為的な低金利はいずれ、抑えられたバネがはじけるように、金利上昇に繋がる懸念がある。
3.企業収益悪化懸念
物価上昇は、実質金利の下落を意味し、円安の誘因となるであろう。円安は短期的には企業業績にプラスの面があるであろう。輸出企業は輸出競争力を強め、海外収益の円建評価を高めることになる。為替レートは、適正な水準で安定的に推移することが本来望ましいと言える。行き過ぎた円高は、不完全雇用経済を生み出す、デフレの原因だが、一方、行き過ぎた円安は、原材料の高騰、賃金上昇といったインプットコストの上昇により企業収益を圧迫することになる。
4.悪しき円安懸念
現在の日本は実質的に完全雇用経済の状態にあり、労働人口も減少傾向にある。その中で円安が進行したとしても、供給がボトルネックとなり、日本の製造業が輸出を大きく増大させることには繋がらない可能性がある。繰り返しになるが、為替レートは、本来適正な水準で安定的に推移するのが最も望ましい。行き過ぎた円安は、家計の実質購買力を引き下げ、企業のインプットコストを引き上げる。グローバル化を進める日本企業の投資活動にマイナスの影響を与える。それは、長期的な海外からの所得収支、経常収支にマイナスの影響を与えることになるだろう。
5.巨額の政府債務、財政赤字問題;経常収支の黒字維持の重要性
金利上昇になれば、利払い費の増加により、巨額な債務を抱える日本政府の財政問題を一気にクローズアップさせる懸念がある。巨額の政府債務と財政赤字の中で、超低金利を可能にしているのは、政府債務を上回る国内貯蓄があるからであり、フローの面からそれを支えているのが、ISバランスから経常収支の黒字である。経常収支が赤字化すれば、日本の政府債務、財政赤字問題は一挙に深刻化し、悪しき金利上昇に繋がることになるであろう。経常収支が赤字になれば、日銀による国債の買入による金利コントロールも効かなくなるだろう。
6. 最後に
本論文(研究)は、株式を擬似永久債とした分析を行っているので、超低金利・マイナス金利下で金利リスクがことさら際立ってくるのは、その分析手法から当然の結果かもしれない。その点に留意しておくことが必要であろう。
いずれにしても、日本株投資にあたって、長期的に政府債務問題(本論文では言及されていない)が、日銀のマイナス金利や長短金利操作付き量的質的緩和政策の持続性とあいまって、影を落としていることを感じるにいたったのだがいかがであろうか。「長期的には我々は皆死んでいる」(“In the long-run, we are all dead.”)というケインズの言があてはまることを願いたいところである。
以上
2017.5.26