マイナス金利下の邦銀経営の課題(SAJ2017年3月号)と銀行株
「マイナス金利下の邦銀経営の課題」(証券アナリストジャーナル2017年3月号)は、クレジット分析からの邦銀経営の課題について論じたもの。著者は、民間大手格付け機関S&Pグローバル・レーティングの金融法人及び公的部門格付け部主席アナリストの吉澤亮二氏。マイナス金利下における国際間の金融機関をクレジット(信用力)の視点から分析したもので極めて参考になる論考である。但し、さらなる検証が必要と思われる点もあるということを冒頭に述べておこう。なお、吉澤氏の論考について、正確、詳細にはのSAJ掲載論文を直接参照いただきたい。
思惑がはずれた日銀のマイナス金利政策(NIRP)
邦銀収益にネガティブな影響を与えたNIRP
NIRPで先行する欧州との比較
1) リスク調整後自己資本比率
S&Pでは分析上、リスク調整後自己資本比率(RAC:Risk-Adjusted Capital)を重視している。日本の銀行はRACにおいて欧米銀行に劣後している(欧米の主要行が8%超なのに対し、日本の3メガとも8.0%を下回っている。。
2) 収益性
日欧とも収益性(ROA)が低い、つまり損失吸収力が低い。但し、NIM(Net Interest Margin: 資金利鞘)については欧州銀の方が厚い。これは、欧州銀の負債に占める市場性調達の割合が約5割と、邦銀の約2割より高いため、調達金利を低下させやすい環境にあり、貸出利回りの低下幅をおおむね吸収できたことがある。
3) 部門別資金過不足状況
日欧とも、非金融法人と家計部門が資金余剰の状態にある。このため、銀行の貸出金利が大きく改善する可能性は低いと推定される。
4) 経済市場環境
① 市場シェア
日欧とも大手行による市場占有率が低い。ユーロ通貨圏において第1位と第3位の経済規模のドイツとイタリアの大手民間銀行(上位3社)の市場シェアは、日本同様40%を下回る・・・日欧では大手行による貸出利回りのプライシング面等で主導権をとりにくい厳しい競争環境が存在し、収益性に負の影響を与えている。
② デフレ状況
欧州のインフレ率は、米英加などの主要先進国より低いことは確かだが、日本よりは高く、日本がようやく脱しつつある中期的なデフレ状況にまでは陥っていない。
③ 人口動態
欧州においては人口減少・高齢化の問題が移民政策の推進により一部緩和されているのに対し、日本では現在までのところ実質的に有効な対策が具現化されていない。
クレジット分析の視点からの銀行経営の課題
1)国際業務における不透明性の増加
邦銀は国内業務の著しく低い収益性のために、国際業務に活路を見出すべく与信額を増加させていることによる、国際業務のリスク増加の懸念
2)収益性悪化による損失吸収能力の更なる低下
NIRPによる資金利鞘の低下で邦銀の収益性が悪化し、損失吸収能力の低下が進行する懸念
3) 収益性の低下を補うべく、外貨貸出や外債投資、株式投資信託(REITを含む)や各種私募投信など、円貨貸出よりもリスクの高い資産の割合を増やしている、従来よりもリスク選考度を高めていることに対する懸念
試験的私見
日銀はNIRPについて、2016年9月の金融政策決定会合で、長期金利をゼロ金利に戻す「イールド・カーブ・コントロール」を導入した。これにより、10年国債利回りは11月半ばよりマイナスからプラスに転じた。但し、短期国債利回りはマイナス0.3%と歴史的低水準にある。
邦銀のROAが低いということは、日本の家計、企業が資金余剰であり、バランスシートが強く、平均的にローリスクであることの反映である。
ISバランスから国内の貯蓄超過は経常収支の黒字となって表れる。日本の家計、企業部門の貯蓄超過は公的投資に向けられている。日本国内の貯蓄超過は、マクロ的に海外における資金不足を意味している。つまり対外貸出はマクロ的な必然である。信用リスクの評価は正に金融機関の審査能力が問われるところである。但し、対外与信に伴う為替リスクについては、直接間接にヘッジすることが適切であろう。
以上のような考察から、邦銀のグローバル化は避けて通れない課題であり、また成長戦略である。しかし、国際的に業務を展開できる金融機関は自己資本規制等から限定されてくる。また、フィンテックによる顧客ニーズにフィットした、効率的、機能的サービスの提供は金融機関の競争力に直結するようになっている。テクノロジーへの投資、人材の確保ができる金融機関のみがグローバル競争に勝つことができるであろう。
NIRPで収益性は低下しているとはいえ、国内の預金は邦銀にとって安定的な資金調達源であることには変わりないであろう。