日本銀行のETF買入の現状と課題(SAJ誌JAN.2017より)

中湖 康太

「日本銀行のETF買入の現状と課題」(今井幸英氏CMA、日興アセットマネジメント㈱ETFセンター長、ETF開発部長、証券アナリストジャーナルJAN.2017)

日銀のETF買付に関して、(1)株価形成の歪み、悪影響がでているのではないか、(2)議決権行使、ガバナンス上の問題があるのではないか、という懸念に対して、検討したもの。結論は、「検証する限りは問題となるようなところが見られない・・・ただし、今後の日本銀行のETF買付が進む中で、継続的なモニタリングが必要であろう」というものである。 

以前にも述べたが、「株価形成の歪み」というのは実は検証が難しい。何をもって「歪み」とするか、に関わってくる。効率的市場仮説に立てば、株価が人為的に買い上げられたら、合理的な経済主体は売り向かう、ショートするであろう。裁定取引の機会が存在することになる。但し、この場合は、完全競争が前提になる。

日銀のような巨大なプレーヤーの存在をどう考えるか。政府日銀の資産市場への介入がマクロ経済政策の観点から、容認される、又はむしろ促進される場合があると推定される。それは、市場のリスクプレミアムが妥当と推定される以上に高まってしまっている、市場が極度に委縮している状態の場合である。

ケインズは言う。「資本の限界効率の崩壊(≒リスクプレミアムの大幅な上昇;中湖注)が大きく、いかなる金利の低下もそれを回復させるのに十分ではない・・・実業の世界で崩壊してしまった資本の限界効率を回復させる(≒リスクプレミアムの適正水準への修正;中湖注)のは容易ではない」

(”…the collapse in the marginal efficiency of capital may be so complete that no practicable reduction in the rate of interest will be enough…..and it is not so easy to revive the marginal efficiency of capital, determined, as it is, by the controllable and disobedient psychology of the business world.”)

日銀のリスク資産(ETFJ-REIT)の買い入れは、「デフレからの脱却」、「消費者物価の前年比上昇率の“2%の物価安定“の目標」達成のために、「資産価格のリスクプレミアムに働きかける」を意図しているのである。日銀のリスク資産の購入が、脆弱な市場心理の安定化を通じて、資本の限界効率(リスクプレミアム)を推定適正水準に維持することに寄与している、と理解することができるかもしれない。

今井氏の検証について気づいた点を述べると、

①    ETF純資産残高に占める日銀保有シェアは60%(20169月末時点、以下同じ)と高いものの、
時価総額加重平均指数のTOPIXJPX400型のETFについて言えば、
②    TOPIX構成個別銘柄ごとの時価総額に対する、日本銀行の推定保有比率は、最大の銘柄でも1.43%
③    TOPIX構成個別銘柄ごとの浮動株修正後時価総額に対する、日銀推定保有比率は最大の銘柄でも1.59%
④    JPX日経400構成個別銘柄ごとの時価総額に対する日銀推定保有比率は最大の銘柄で0.13%
⑤    JPX日経400構成個別銘柄ごとの浮動株修正後時価総額に対する、日銀推定保有比率は0.18%

と低いレベルに留まっている。但し、株価単純平均型指数である日経平均型ETFについては、

⑥    日経平均構成個別銘柄ごとの時価総額に対する日銀推定保有比率は最大の銘柄で14.66%
⑦    日経平均構成個別銘柄ごとの浮動株修正後時価総額に対する日銀推定保有比率は最大の銘柄で48.12%

と高くなっている。

⑥、⑦単純株価平均型指数である日経平均連動型ETFの購入については懸念があるかもしれない。「資産価格のリスクプレミアムにはたらきかける」マクロ経済政策の観点からは、TOPIXのような時価総額加重型指数ETFの買い入れがより適切だろう。

今井氏はPBRの水準、動向の観点から、日銀のETF買入が株価形成の歪みに繋がっているとはいえないだろう、との観察をしている。ガバナンスについては、日銀は議決権行使に直接は関与しておらず、ETFの投資信託委託会社が顧客・受益者(株主)の中長期的投資リターンの拡大を図るスチュアードシップ・コードに基づき指図しており、ガバナンス上の問題は生じていない趣旨を述べている。

ヘッジファンドなどショート筋の存在もあり、一般論としては日銀のリスク資産の購入により、株価形成に歪みは生じておらず、一方、リスクプレミアムの極端な上昇、ボラティリティ(変動/リスク)の過度な上昇に歯止めをかけるという観点から、マクロ経済の安定化に貢献している、と個人的には推定している。グローバル化した経済において市場心理は極めて神経質であり、リスクプレミアム、ボラティリティの安定化は、金融資本市場のみならず、実体経済の発展、成長に貢献するであろう。

以上

2017/1/12

 

 

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