「原油暴落で変わる世界情勢」(SAAJ AUG.2016)

中湖 康太

「原油暴落で変わる世界情勢」(独立行政法人経済産業研究所 藤和彦上席研究員、証券アナリスト協会2016.5.31講演会より、証券アナリストジャーナルAUG.2016)

藤氏の講演要旨から

藤氏の講演会要旨で、私なりの理解から興味深いのは、以下の5点である(藤氏の論点は他にもいくつかあるので、詳しくは上記文献をご参照いただきたい)。特に、藤氏の視点は、原油価格の分析や予測というより、エネルギー分野の戦後レジームの転換、日本の採るべき対応等、国際エネルギー戦略にあるように思われる。誤解であればご容赦いただきたい。

1.原油と株・債券が連動、原油価格が乱高下するようになった理由として、原油先物が国際金融商品になったことがある。それは、2005年頃で、米系投資銀行がオールタナティブ投資先として金融商品化したことが背景にある。

2.2015年3月の段階で、今後10年、20年は20~50ドルレベルで推移するだろう、と(藤氏は)予想した。その理由は、中国が爆食経済を始める2005年以前の20年間の原油価格を平均すると大体20~50のレンジ内であったため。ただし、金融要因や地政学的リスクから10ドルもあれば80ドルもありうる。 

3.サウジアラビアの原油生産コストは1バレル10ドル程度と非常に低いが、現在の財政均衡価格は1バレル100ドルと言われている。(1バレル10ドルが、平均コストなのか変動費なのかの説明は無いが、コンテクストから変動費と推定される;中湖注) クウェートは湾岸諸国の中でも財政が均衡する原油価格が50ドル程度と一番低い国である。

4.シェール企業が生き残っていくためには1バレル80ドルはないと無理であろう。(平均生産コストを意味しているのであろう; 中湖注)

5.シェール企業が発行している社債の約5割がジャンク債ではないか、その発行量は約5000億ドルとも言われている(その根拠は定かでない。2016年4月末時点の米ハイイールド債市場規模は1.29兆ドル。その38%をシェール企業が占めるというのは考えにくいが; 中湖注)。原油価格が暴落し、シェール企業の大量倒産を市場が織り込み始めた時、リーマンショックの時のような流動性危機に陥らないにしても、逆資産効果によるデフレが長期化する可能性がある。

原油価格の乱高下の原因は伝統的なミクロ経済学が教えるところ; 原油先物の金融商品化ではない

藤氏の指摘は興味深いが、原油価格が乱高下するようになった理由が、原油先物が金融商品化されたからである、ということは断定できないであろう。そもそも、原油は国際商品であり、その価格は需給に敏感に反応する。つまり、過剰供給になれば、価格は平均コストを下回り、価格が可変費用(変動費)を上回る限りにおいて生産される。価格と生産量は供給曲線(限界費用曲線)上を生産停止点(価格=変動費)まで下落しうる。これは、伝統的なミクロ経済学が教えるところである。原油が金融商品化されたかどうかに左右されるものではない。

金融先物悪玉論は実証的に検証できていない

日経平均指数先物が上場された時も、バブルあるいはバブル崩壊の根拠を先物の金融商品化に求める先物悪玉論(犬のしっぽが胴体を振る云々)がでたが、結局のところ、それを実証的に結論できることはできなかったのではないだろうか。

私(中湖)のguesstimate粗い推論は、以下の通りである。

伝統的平均原油生産コストは1バレル20~50ドル

藤氏の説明からして、新興国の経済成長が顕著になる前の湾岸諸国を中心とする原油の平均生産コストは1バレル20~50ドルであった。

新興国の台頭とシェール革命

ここで、BRICsを始めとする新興国の経済成長が顕著になった。原油の需給がタイトになった。原油価格が1バレル100ドルを超えるまで高騰した。つまり、従来の伝統的な原油生産では需要を補えなくなった。

そこに、シェール革命が登場した。シェール企業の平均生産コストはおよそ80ドルである(藤氏の議論から中湖が推定)。

中国経済減速で一気に需給ゆるむ

ここに、中国の経済成長減速という事態が生じた。このため、需給が一気にゆるんだ。需給が均衡するまで価格が下落するのは、伝統的ミクロ経済学の教えるところである。価格は、理論的には生産停止点レベル、つまり10ドルまで下落しうるのである。

ただし、減速したとはいえ、新興国経済が成長しているボトムラインに変化は無い。伝統的な原油生産国の生産量ではおそらく重要を満たすことは中長期的には困難であろう。勿論、より安価な代替エネルギーが開発されるなどの革新があれば別であろう。また、環境コストの問題もある。

とすれば、原油価格は一時的には急落しうるが、その後、高コストプロデューサーの生産停止、撤退から、次第に回復するのが、合理的な予測ではないか。

シェール企業は限界的生産者

確かに、藤氏の指摘から推定するところにより、シェール企業は相対的な高コスト生産者、限界的な生産者であることに違いないであろう。

原油価格はゆるやかに回復

ただし、減速したとはいえ、中国をはじめとする新興国の経済成長は続くだろう。とすれば、短期的な需給により乱高下するにしても、中長期的には原油価格は再生産可能な平均コストレベルに回復するとするのが合理的予想であるといってよいであろう。

以上

2016.8.6

 

 

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