恋の骨折り損 (2) Love’s Labour’s Lost (2)

中湖 康太

女人禁止令は荒唐無稽、しかし恋も骨折り損: 人生のアイロニー

シェイクスピアの本喜劇で、特に注目するのはビーロンとロザラインである。ビローンは自由人というべきか、嘲笑、愚弄癖を持つ、機知と諧謔に富む皮肉屋である。そもそも最初から、ナヴァール王の女人禁制令に懐疑的である(もっとも、ビローンは、恋が奨励されたとしても、今度は恋を嘲笑していたであろうが)。そして、ビローンはフランス王女の侍女3人のうちの1人ロザラインに恋してしまう。しかし、このラザラインはビローンにつれない、一筋縄ではいかない女性であり、ビローンはロザラインを口説きおとすのに骨を折る。結局のところビローンはロザラインに、そのくだらないしゃれのめし、嘲笑癖がなおったらお付き合いしましょう、とあしらわれてしまう、禁欲も自然に反するもの、しかし、恋もまた骨折り損である。人生のアイロニーを表した喜劇といえる。

ファーディナンド王の女人禁止令も荒唐無稽であるが、一方、恋もままならない、骨折り多きことである。劇中では恋の成就はおあずけとなる。相思相愛のラブコメディーとは程遠い。ナヴァール王の女人禁制令は、恋などという骨折り損はやめ、禁欲的に学問に打ち込み、より生産的に人生を過ごそうという試みである。しかし、人間の性というか、結局、好むと好まざるとに係らず、恋に落ちてしまう。それがたとえ骨折り損であったとしても。

ビーロンの次の台詞が、彼という人間をよく表している。

Biron:

‘Tis more than need. それ(誓いを破ること)が最も必要なことです
Have at you, then, affection’s men at arms. 情愛あふれる男性陣
Consider what you first did swear unto, 最初に誓ったことを思い出してください
To fast, to study,  and to see no woman; 断食、勉学、女性に会わないこと
Flat treason ‘gainst the kingly state of youth. これらは若さに対する裏切りです
Say, can you fast? your stomachs are too young; 断食できますか? あなたの胃袋は断食するには若すぎる
And abstinence engenders maladies. それは病気を引き起こすでしょう
And where that you have vow’d to study, lords. 勉学を誓ったわが友たちよ
In that each of you have forsworn his book, 読むと誓った本に
Can you still dream and pore and thereon look? 今も夢見ることができますか?
For when would you, my lord, or you, or you, わが友、貴族諸君
Have found the ground of study’s excellence 勉学の素晴らしさがわかったとでもいうのですか?
Without the beauty of a woman’s face? 女性の美しい顔を見ずして
From women’s eyes this doctrine I derive; 女性の美しき瞳からこの原則を導き出しているのです
They are the ground, the books, the academes プロメテウスの炎は、ここから吹き出す。学問もしかり
From whence doth sprig the true Promethean fire 
Why, universal plodding poisons up とぼとぼと学問などしていると、強くて俊敏な精神を台無しにしてしまいますよ
The nimble spirits in the arteries,
As motion and long-during action tires 長い間歩き続けるといかに丈夫な旅人の足でもくたびれてしまうものです
The sinewy vigour of the traveller.
Now, for not looking on a woman’s face, 勉強ばかりして、女性を見ないでいると同じことになるのです
You have in that forsworn the use of eyes
And study too, the causer of your vow;
For where is any author in the world どんな作家でも、女性の目の美しさを教えています
Teaches such beauty as a woman’s eye?
Learning is but an adjunct to ourself 学問は我々の本性の付け足しなのです
And where we are our learning likewise is: 
Then when ourselves we see in ladies’ eyes, 女性の目を見れば、我々は学問もすることができるのです
Do we not likewise see our learning there?
O, we have made a vow to study, lords, 我が貴族諸君は、本を読み学問をすることを誓った
And in that vow we have forsworn our books. そのように誓うとき
For when would you, my liege, or you, or you. 
In leaden contemplation have found out その鈍い思考の中に、あなたは見つけるであろう
Such fiery numbers as the prompting eyes 燃えるような旋律を。女性の瞳があなたを豊かにすることを
Of beauty’s tutors have enrich’d you with?
Other slow arts entirely keep the brain; 他の退屈な学問も脳を鈍くさせる
And therefore, finding barren practisers, 
Scarce show a harvest of their heavy toil: (学問などは)労多くして実り少なしです
But love, first learned in a lady’s eyes, しかし、女性の瞳から知る恋愛というものは
Lives not alone immured in the brain; 我々の脳にあるだけでなく
But, with the motion of all elements, 他の全ての要素を活性化させ
Courses as swift as thought in every power,  我々の体中を電流のように走り、我々の活力を倍増させる
And gives to every power a double power,
(中略)
From women’s eyes this doctrine I derive: 女性の瞳から私はこの原則を導き出したのです
They sparkle still the right Promethean fire; それはプロメテウスの炎のように輝いています
They are the books, the arts, the academes, それらは書籍であり、学術であり、学問です
That show, contain and nourish all the world: 世界を包み、育てるものです
Else none at all in ought proves excellent. これに勝るものはありません
Then fools you were these women to forswear, 従って、女性を否定したあなた方は愚か者だったということになります
Or keeping what is sworn, you will prove fools. つまり、その誓いを守りつづけるのは愚かです
For wisdom’s sake, a word that all men love, 
Or for love’s men’s sake, a word that loves all men,
Or for men’s sake, by whom we men are men,
Let us once lose ourselves to keep our oaths. ですから愚かな誓いを破りましょう
It is religion to be thus forsworn, このように誓いを破ることは宗教的なことです
For charity itself fulfills the law, というのも慈悲それ自体が法に適ったことです
And who can sever love from charity? 愛と慈悲は不可分なものなのです

この劇の最終場面で、ロザラインは次のようにビローンに言い放つ。

ROSALINE:

Oft have I heard of you, my Lord Biron, ビローンさま、私はあなたのうわさを聞きおよんでいました
Before I saw you; and the world’s large tongue 
Proclaims you for a man replete with mocks, 人を冷やかし、皮肉な悪口で、
Full of comparisons and wounding flouts, どんな人でもその機知にまかせて嘲笑する方であると
Which you on all estates will execute
That lie within the mercy of your wit.
To weed this wormwood from your faithful brain, そういう毒草をあなたの頭から刈り取るため
And therewithal to win me, if you please, あなたがわたしを得ようというなら
Without the which I am not to be won, そうでなければ私はあなたに従うことはありませんので
You shall this twelvemonth term from day to day これから12ヵ月の間は、毎日、
Visit the speechless sich and still converse ものもいえずうめいている病人を見舞い、看護し
With groaning wretches; and your task shall be,  
With all the fierce endeavor of your wit そのすさまじい機知でもって
To enforce the painted impotent to smile. 重病人に笑いをもたらすことです
……

Why, that’s the way to choke a gibing spirit, それが嘲笑、悪ふざけを治す方法なのです
Whose influence is begot of that loose grace そのような性癖があるのは、
Which shallow laughing hearers give to fools: そのような嘲笑、悪ふざけを面白がる人がいるからです
A jest’s prosperity lies in the ear 嘲笑の原因は耳にあります
Of him that hears it, never in the tongue 聞く人がいなねければ、嘲笑もはたらきません
Of him that makes it: then, if sickly ears, よろこんで聞く愚かな人がいるから、嘲笑が栄えるのです 
Deaf’d with the clamours of their own dear groans, 重病人は自身の苦悶の声であなたの嘲笑などは耳に入らないでしょう
Will hear your idle scorns, continue then, もし、重病人の耳に入るのならあなたはその嘲笑を続ければよいでしょう
And I will have you and that fault wihtal; わたしはその嘲笑癖という欠陥をもったあなたと一緒になりましょう
But if they will not, throw away that spirit, しかし、もしそうでなかったなら、その嘲笑癖をお捨てあそばせ
And I shall find you empty of that fault, 私は嘲笑癖という欠陥のないあなたをみつけるでしょう
Right joyful of your reformation. あなたの改悛を楽しみにしております

以上

 

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