日本企業の設備投資 過大な公的債務によるクラウディングアウト

中湖 康太

設備投資と株式市場-わが国の現状と今後の活性化を期待して- 証券アナリストジャーナル8月号特集を読む

本号特集の問題意識としては、日本企業のキャッシュフローに対する設備投資が欧米主要国に比べて少ない、「これらを増加させるには何が必要か」ということがあるようである。

過大な公的債務によるクラウディングアウトとする見方

しかし、わたしは日本企業は、必ずしもすべき投資を怠っているわけではないと考える。この問題を考えるとき、日本企業がおかれたマクロ的制約を考える必要があるであろう。つまり、過大な公的債務が企業の投資意欲を削いでいる側面がある。広い意味でのクラウディングアウトが生じている可能性がある。

日本企業の貯蓄超過はマクロ的制約(ISバランス)による

昨年9月発表された2017年度の法人企業統計で、金融・保険業を除く企業の内部留保にあたる利益剰余金が446兆円に上った。「6年連続の増加で過去最高を更新し、前年度比で9.9%増という伸び率だ。政府高官は、記者会見で『あれだけ貯めて何をするのか。給料が伸びたといっても2ケタに達していないし、労働分配率も下がっている。日本企業は企業収益を内部留保させることに熱心で、労働分配率が少ない。』といら立ちを隠さなかった。安倍晋三首相は、事あるたびに賃上げや設備投資を企業トップに要求している。」と報道された。

荒唐無稽な内部留保課税 - 本質を見誤った議論

「内部留保課税」という言葉すら飛び出す始末である。さすがに、税引き後利益にさらに課税する、内部留保課税は、二重課税であることは勿論、懲罰課税であることは明らかで、導入する動きは表面化していない。そんなことをしたら間違いなく、日本企業は海外に本社を移すだろう。何よりも事の本質を見誤った議論である。

世界最大の政府債務(対GDP比)を抱えながらマイナス金利政策が可能なわけ

結論から言おう。日本企業の内部留保が多いのは、マクロ的な制約を受けているからだ。マクロ的な制約とはISバランスである。日本の公的債務のGDP比率(IMF、2018年)は236%であり、米国の108%、ドイツの59.8%、英国の86.3%、イタリアの129.7%を圧倒的に上回っている。企業部門の貯蓄超過は、この公的債務、政府財政赤字を補っているのである。

日本がこれだけの政府債務を抱えながら、低金利・マイナス金利政策をとり、幸か不幸か有事(リスクオフ時)の円高という、リスク回避資産としての立場、通貨価値を維持しているのは、国内の家計部門、企業部門が貯蓄超過であるためである。政府の債務超過を国内で補っており、資本輸出国としての地位を維持しているからだ。

日本が経常収支の赤字を、海外からの資本流入で補わなければならなくなったら、金利は上昇することになるだろう。

ISバランスは、単純化したモデルで議論すれば、S+T=I+G+(EX-IM)となる。Sは民間貯蓄、Tは政府税収、Iは民間投資、Gは政府支出、(EX-IM)は経常収支、である。このISバランス式は恒等式である。

個人消費が伸びないのも過大の公的債務の負の資産効果

個人消費が伸びないことが経済政策上、大きな課題となっている。これも、過大な公的債務が、個人の将来への不安を高め、消費の頭を抑えていると推定される。年金財政に対する不安も同様である。

少子高齢化により個人部門の貯蓄超過は、近い将来マイナスに転じることが予想されている。企業部門の貯蓄超過も、過大な国家債務への本能的防衛であるかもしれない。つまり、個人部門が借入超に転じ、経常収支が赤字になれば、金利上昇への圧力が加わることが予想される。それを予知しての無意識の防衛本能とするのは無理があるだろうか。

国内の貯蓄超過を海外へ投資している日本企業

内閣府によれば、2017年度の非金融法人企業の黒字(純貸出超)24.3兆円、金融機関の黒字(同)2.4兆円、一般政府の赤字(純借入超)15.0兆円、家計の黒字(純貸出超)11.3兆円、海外部門の純貸出超22.5兆円となっている。政府の赤字を民間企業部門、家計部門が補い、さらにその余剰分を成長機会を求めて海外に投資している姿が浮かびあがる。

これは、国民経済統計であるので、企業部門は国内での貸出超の一部で政府赤字を穴埋めし、余剰分を海外に投資しているものと推定される。近年の日本企業の海外での大型買収がそれを表している、とえるだろう。

設備投資(財務キャッシュフロー)ではなく、投資キャッシュフローとしてあらわれることも

また、こういった投資は、設備投資、つまり財務キャッシュフローとしては表れず、投資キャッシュフローとして表れる場合があると推定される。

歓迎すべき株主還元の積極化

企業が株主還元を積極化していることは歓迎すべき動きである。これを、企業は投資をおろそかにして、設備投資を怠っているとする見方は、誤りであろう。ましてや、少子高齢化、人口減少社会というパラダイムシフトを乗り越えるには、年金運用のパフォーマンスを高める必要があり、その意味でも株主還元は、積極化すべき動きなのである。

勿論、企業が成長機会を創出し、より積極的に投資活動を展開すべきことは言うまでもない。しかし、個々の企業は、ミクロ的にそれぞれ個別市場で、戦略的、経済的な意思決定をすると同時に、マクロ的な制約を受けていることを理解しなければならない。

海外投資の積極化は日本の強さ

国内での貯蓄超過を、成長分野である海外部門へ投資し、政府の財政赤字を補っている姿は、むしろ日本の強さを表していると言えるのではないだろうか。

日本人はとかく自己否定的にものごとを見がちである。しかし、物事をより明るく見て前に進む、行動することが重要であるように思うのである。

Let’s look at the bright side of things! ものごとを明るく見よう!

8/26/19

Copyright© 2024 株式会社ジー・シー・エス(GCS) 中湖康太 経済投資コラム All Rights Reserved.