ドル円為替レートの行方 Where is the USDJPY Exchange Rate going?

中湖 康太

ドル円為替レートの行方 Where is the USDJPY Exchange Rate going?

ドル円為替レートの見通しが、投資において重要な局面にある。一時は、ドル独歩高のトレンドの中、160円を超えたドル円レートが、米FRBによる利下げ観測、日本当局によるいわく「行き過ぎた」円高阻止のための為替介入、日銀による利上げへの思惑などにより、一時151円台までドルが下落、現在153円台レベルとなっている。

落としどころを探る局面

一時は、独歩高により、1ドル170円、場合によっては180円に向かうと思われたドル円レートだが、落としどころを探る局面になっている。

為替市場は、基本的に収益によって価格が決定される証券市場以上に、市場の潮目に左右されるように思う。証券には、バフェットいわく「本源的価値」(Intrinsic Value) がある。為替レートは、通貨の交換比率であって、証券にあるような収益に基づく本源的価値は、あてはまらないだろう。わたしのような証券アナリストには苦手な分野である。

とはいえ、実際の投資活動において、ドル円為替レートについて、ある程度の見極めとつけておくことは、米ドル資産がポートフォリオ運用上の重要性を考えると、避けて通れないところだ。ここでは、そのような実際上の必要性から、現在の状況をふまえて、ドル円レートの落ち着きどころについて、試験的・私見的考察を行いたい。

購買力平価  PPP (Purchasing Power Parity) は現実的ではない

通貨の価値をはかるものとして、まず、購買力がある(購買力平価)。同じものを買うのに、円であれば180円、ドルであれば1ドル払う必要がある場合、ドル円為替レートは、1ドル180円が妥当、という考え方だ。購買力平価によるドル円為替レートは、現在よりもかなり円高水準の1ドル100円程度、ということらしい。しかし、この指標はあくまで参考、というのがわたしの感じ方だ。

わたしは、基本的にドルに前向きな見方をしている、というより投資家としてドルに魅力を感じていることもあるが、1ドル100円というのは、現実的でないだろう。その理由を以下に示したい。

ビックマック指数

2024年1月に発表されたビッグマック指数の基準は、アメリカのビッグマック価格である5ドル69セント。日本のビッグマック価格は、現在は530円(東京新宿)。この二つの数字から、いわゆる購買力平価説による為替レートが算出できる。ビッグマック指数から考察される「あるべき為替レート」は1ドル=93円ということになる。裁定が働けば、アメリカの消費者は、アメリカのビックマックを買わずに、例えばネットで日本に注文し、アメリカにディリバリーしてもらい、消費するということになる。

しかし、この裁定は実際には働かない。なぜなら、ビックマックを日本にネットで注文して、国際スピード郵便(EMS)で、送るとその料金は、3,900円(500g以下)だ。日本で530円のビックマックを、仮にニューヨークから日本にネット注文すると配送料込で4,430円になる。また、より重要なことは、食品には賞味期限がある。ビックマックは、原則注文して、その日のうちの消費すべきものだ。スピード郵便でも1週間はかかるだろう。

競争的価格決定

また、各国のビックマックの価格が、それぞれの市場で競争的に決定されているとすれば、仮に日本マクドナルドが、他国に参入したとしても、結局、同水準の価格になるだろう、ということが合理的に推定される。

つまり、購買力平価というのは、あくまで、参考程度にとらえるべき指標である、ということだ。

マネタリーベース説

経済評論家の高橋洋一氏は、日米マネタリーベース比から、理論的には、1ドル110~120円と推定できると指摘した上で、現在の(その観点からすれば)円安状態を、近隣窮乏化理論を根拠に、日本経済には恩恵を及ぼすとしている。

円安メリットを説く、近隣窮乏化理論については、わたしも高橋氏と同意見である。160円程度の円安を行き過ぎとし、目くじらをたて、大規模な為替介入を行う当局の発言行動には違和感を感じる。この背景には、金利を引上げが容易ではない、日銀の大量の国債保有問題があると推定される。

一方、日米マネタリーベースの単純比率から110~120円が説明できるとするというわけだが、これについてもそれは単純計算であって、両通貨の基盤となる経済ファンダメンタルな要因が反映されていないように思われる。通貨の機能には、価値尺度機能、交換機能、価値貯蔵機能の3つがある。また、貨幣需要動機には、ケインズによれば、取引需要、予備的需要、資産(投機的)需要の3つがある。

貨幣の価値貯蔵機能、貨幣への資産(投機的)需要

つまり、マネタリーベースの単純比による110~120円説には、価値貯蔵機能、資産(投機的)需要の側面が折り込まれていないといえる。これに関連して、①金利差、②通貨に対する信認ないし通貨の信用力について、市場がどう折り込むのか、という視点がある。

金利差

まず、金利差だ。日米の政策金利(短期)は、米国5.33%、日本0.1%と523bpsの差になっている。一方、長期金利は、10年物国債で、米国4.19%、日本1.05%と418bpsの差だ。裁定が働くならば、両国のインフレ率差し引き後の実質金利差は、ゼロに収束するだろう。

直近7月のCPIは、前年同月比で、米国3.2%、日本2.2%となり、格差は100bpsだ。とすれば、実質金利(短期)は米国2.13%、日本マイナス1.15%となり、米国の方が3.28%ポイント(328bps) 高いことになる。これが、合理的に説明されるドル高円安要因だ。つまり、潜在的な円安圧力はなおも厳然としていると考えることができる。

このような実質金利格差から生じる、本源的な円安圧力を投機的として、為替介入により抑えこもうとしているのが、実態ではないか、と筆者は推定している。したがって、25~50bps程度の日本の利上げでは金利格差は解消するにいたらず、なおも円安圧力が存在するだろう。

通貨の信認(信用力) 

次に通貨の信認(信用力)の問題だ。近似する指標として、国債格付けがある。Moody’sによれば、米国Aaa、日本A1となっている。つまり、日本国債は米国債に比べて2段階低い格付けになっている。S&Pでは、米国AA+u、日本A+uとなっており、1段階低い。

資産保有として通貨を考えるならば、世界での流通性、信用力に加えて、経済の成長性、IT産業の競争力、さらには、軍事力、防衛力、地政学的リスクを考慮した食料エネルギーの自給率など非マネタリーな側面も考慮点に入ってくるだろう。マーケットがこれら諸点を実際にどう折り込んでいくのかは不明だが、留意点として抑えておきたい。

日銀の国債大量保有とバランスシート問題

特に、日本は通貨の発行主体である、日銀のバランスシート問題がある。これを市場がどう折り込むのか。購買力平価、マネタリーベースによる説明には、この視点が欠如している。これについては、元JPモルガン銀行の伝説的トレーダーで、経済評論家の藤巻健夫氏が、マーケットは当然のことながら意識している、という趣旨を述べている。

日本の公的債務のGDP比率は257%と、米国120%、フランス111%、英国100%など先進諸国に比べて突出して高い(2022年時点) 

しかも、国債の発行残高1051兆円の52%を日本銀行が保有している。黒田前日銀総裁によるイールドカーブコントロールで、長期金利をゼロ%に抑え込むために、日銀が国債を大量に買い込んだためだ。これによって、短期のみならず長期金利の形成にも歪みが生じることになった。また、国債の保有主体のうち海外投資家は約68兆円と6.5%に過ぎない。

少子高齢化の進展により、中長期的に日本の国家債務は今後も増え続けていくことが予想される。またそれを阻止しようとして増税をすれば、中長期的には国内経済主体の稼ぐ意欲(Willingness To Earn)、稼ぐ力(Earninigs Power)を削ぐことになり、縮小均衡に向かうリスクが極めて高い。

なりふりかまわない為替介入は、円安によるインフレ圧力、金利上昇圧力を抑え込もうというインセンティブが根底にあると推定される。

とすれば、日米金利格差は、米国でのかなりの金利低下がなければ容易に縮小せず、円安圧力が存在しつづけることになると推定される。

少子高齢化という構造問題

加えて、日本の国家債務の増大、増税による成長力の低下、ひいては日本国債の格下げ、通貨の信認の低下などの構造的ともいえる要因が重なる懸念がある。

一方で、円高への過度の揺り戻しがあれば、これまで日本が円高デフレ、資産デフレになやまされた状況に逆戻りするリスクも感じるところだ。

いずれにしても、日本経済は大きな節目に直面しているといってよく、これにいかに対処するかが実務的に大きな課題となっているのが現状である。

くりかえしになるが、以上は一証券アナリスト、投資家としての試験的・私見的考察である。

参考資料
「安い日本」を測ってみた ~日本の相対物価は4割近くも割安~ | 熊野 英生 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)
https://ecodb.net/ranking/bigmac_index.html
円安好況を止めるな! 金利と為替の正しい考え方 (扶桑社新書) | 髙橋 洋一 |本 | 通販 | Amazon
超インフレ時代の「お金の守り方」 円安ドル高はここまで進む (PHPビジネス新書) | 藤巻 健史 |本 | 通販 | Amazon
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/007.pdf
https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/outline/20240520_3.pdf

2024/07/28

 

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