スイスにおける不動産間接投資とインフレヘッジ機能
「スイスにおける不動産間接投資のインフレヘッジ機能 」“Inflation Hedging Abilities of Indirect Real Estate Investments in Switzerland” By Roland Hafmann, Senior Lecturer, and Tobias Mathis, Graduate Student, Banking & Finance, Zurich University of Applied Sciences, ZHAW Winterhur (Switzerland)
Alternative Investment Analyst Review, Q2 2016
https://caia.org/knowledge-center
デフレ経済下でなぜ、インフレヘッジ機能か?
オルタナティブ投資アナリストレビュー誌2016年季刊第2号掲載の実証研究。著者はチューリッヒ大学の応用科学、金融論の研究者。中央銀行が、デフレ経済克服のため政策目標としてインフレターゲットを採用する最近のデフレ的経済状況下で、インフレヘッジ機能についての研究はある意味で興味深い。
中央銀行のバランスシートへの懸念
主要先進国の中央銀行が、超低金利ないしマイナス金利政策をとり、量的緩和政策による大量の国債保有が常態化する状況において、投資家の脳裏には、通貨価値に対する懸念があるともいえる。最近の金価格の高騰は、その表れであろう。
不動産への間接投資(REIT等)にはインフレヘッジ機能が無い?
本実証研究は、統計的仮説の検定を含む、微妙な内容をもつものであり、その示唆を正確に把握するためには本文を直接読んでいただくより他はないが、誤解を恐れず述べるなら、スイスにおいても、他国同様、不動産への間接投資(REIT、不動産株等)には、インフレヘッジ機能は(恐らく)無い、あるいは乏しいというものである。
不動産への直接(実物不動産)投資にはインフレヘッジ機能があるが、REIT等の不動産有価証券への間接投資にはインフレヘッジ機能は乏しいというのが一般的な理解であろう。REITや不動産株等の不動産の間接投資は、証券市場との連動性、ベータが作用するためである。
スイスにおいては実物不動産にもインフレヘッジ機能は無い? スイスの厳しい賃料規制
本論文で、むしろ興味深いのは、スイスにおいては不動産の直接投資、実物不動産にもインフレヘッジ機能が無い、と述べている点である。その理由は明らかではないが、スイスにおける住宅関連の賃料に関する厳格な規制が関係しているであろう、と著者は述べている。つまり、インフレが生じても賃料は上昇しない、したがって、割引率が上昇し、実物不動産価格も下落する可能性が高い、と理解することができる。
インフレに対する実物不動産とREITのパフォーマンスの違い
ここで、私(中湖)にとっては、不動産の間接投資のインフレヘッジ機能の有無よりも、インフレに対する実物不動産とREITのパフォーマンスの違いがむしろ興味深い。不動産から産み出される収益(インカム及びキャピタルゲイン)をベースに価格形成されるとしたら、本来、実物不動産とREITのパフォーマンス、価格形成には差異は無いはずである。
この違いが何故生じるか。私の理解は次の通りである。つまり、本来、収益価格を主体として価格形成されるとすれば、くりかえしになるが、不動産への間接投資と実物不動産への投資には、本質的な差異は無いはずである。しかし、実際には差異がある。その理由は、不動産への間接投資はインカムストックとして価格形成され、実物不動産への投資は、主としてキャピタルストックとして価格形成されるためである。
インフレと実物不動産への投機的需要
ケインズは不況期、デフレ下における貨幣への投機的需要を発見した。実物不動産にインフレヘッジ機能があるとすれば、それは、通貨価値への懸念、不信認を理由とする、貨幣からの逃避であり、不動産への投機的需要によるものであるといえるだろう。
スイスにおいて実物不動産にインフレヘッジ機能が無いのは、それだけスイスフランという通貨、その通貨価値に対する信認が厚いからである、との理解も可能であろう。
投資対象としての実物不動産は流動性が乏しく、保有コストもあり本来厄介な代物だが・・・
実物不動産は、個別性が強く、流動性に乏しい。取得に際しては、取得税、登録税等が課される。また、保有に対しては固定資産税等のユーザーコストがかかる等、やっかいな代物でもある。しかし、不動産、特に土地は供給が限られており、レント(地代)が発生する。通貨価値に対する信認が揺らいだ時、不動産に対する投機的需要が発生し、価格が高騰する。これが、実物不動産のインフレヘッジのメカニズムであろう。流動性が乏しいため、それが換金価値として実現するかは別問題であろうが。
粗野な、しかしぬぐいがたい動物的本能
この不動産価格は収益からは説明できない可能性が高い。このメカニズムは金価格の形成に類似したものである。金自体は多くの収益を生み出さない、金価格はインカムを主体とした収益価格から説明するのは難しい。その価値の源泉は、供給が限られていること、歴史的に金が貨幣価値の裏付けとして役割を果たして来た原始的な事実、その価値に対する人々の粗野な、しかしぬぐいがたい動物的本能がある。金についてケインズは「野蛮な遺物」(barbalic relic)と述べたが、通貨価値に信認が揺らいだとき、この本能がむきだしとなる。上述したように、通貨への投機的需要に対して、不動産、金への投機的需要と呼べるものである。
インフレ時のREITの実物不動産に対するアンダーパフォームをどうとらえるか?
しかし、ここで一考を要するのは、REITにインフレヘッジ機能が乏しい、つまり、インフレに対してアンダーパフォームする、という特性である。REITは不動産を保有している。そして、そこから発生する賃料を投資家に分配するわけである。貨幣からの逃避、不動産への投機的需要が発生した場合、保有している不動産価値は高騰する。しかし、ベータが作用しREITはアンダーパフォームする。主としてインカムストックとして価格形成されるからである。しかし、保有不動産のキャピタルストックとしての価値は上昇するわけであるから、純資産価値は上昇するであろう。
純資産価値は上昇するが、証券価格は下落する。これをロング(買い)の機会ととらえるか、ショート(売り)の機会ととらえるかは、各投資家次第ということになるであろう。
以上
2016.7.25