アナリスト出門甚一の冒険 2
作:三島 真一
コモディティ(商品)・セクター
UPG証券入社初日、出門は大手町プライムスクエアの18階に7:00に出社した。ジェームスの部屋に入った。ジェームズは、笑顔を迎えてくれた。金融経済情報サービス会社ジュリアス通信の企画研究部門にいたとはいえ証券アナリストをしたことはない。にもかかわらずジェームズは出門をいきなりあるセクターの担当に指名した。それはコモディティ・セクターであった。後にはテクノロジーを担当することになる出門ではあったが、コモディティ・セクターのアナリストとして出発したのである。ジュリアス通信の金融情報サービス部門にいた出門ではあるがコモディティーの知識はなかった。出門は戸惑った。しかし、ジェームスは出門の戸惑いなどおかまいなしだった。ジェームスは出門の顔を見ていった。
“Jinichi, I’m glad you join UPG. I expect you to contribute to us. Now, as I said before, you are now in charge of Commodity Sector. It’s an honourable thing that you are responsible for an important sector in Japan” (甚一、UPG証券に入ってくれてうれしいよ。貢献してくれると期待している。さて、前に言ったようにコモディティ・セクターを担当してもらう。日本でひとつの重要なセクターに責任を持つことは名誉あることだ。)
“Thank you, James. I would like to do my best.” (ありがとうジェームス、ベストを尽くします)と出門はジェームスの顔を見ていった。 “To do my best”というのはあまりスマートな表現ではないと思ったが、出門にはそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。
ジェームスは理工系ではあるが、人間味があった。といってお人よしではなく、実務的、政治的な手腕をもった人物であった。UPG証券は、英国系のマーチャントバンクの系譜を引いている投資銀行である。ジェームスもオックスフォードとケンブリッジ、いわゆるオックスブリッジといわれるクラブに属する一人である。そのクラブは外からはうかがいしれない不文律があるようであるようであり、重要な意思決定はそのクラブで行われているように思えた。といってそれは明確な組織ではない。そのクラブのメンバー同士のインフォーマルなやりとりなかで重要なことが決定される。出門にはそう感じられた。
ジェームスの部屋を出ようとしたとき、彼は、
“Jinichi, one more thing” (甚一、もうひとつ言っておくことがある)
と出門を引き止めた。
(注)この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません